『源氏物語』の作者、紫式部を主人公にした『光る君へ』。NHK大河ドラマでは、初めて平安中期の貴族社会を舞台に選び、注目されている。第37回「波紋」では、久しぶりに実家に帰ったまひろ(紫式部)だったが、酔っぱらって内裏や藤壺のことを楽しげに話していると、場は微妙な雰囲気となり……。『偉人名言迷言事典』など紫式部を取り上げた著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)
『紫式部日記』で吐露した「宮仕えに染まってしまった嫌悪感」
慣れというのは恐ろしいものである。NHK大河ドラマ『光る君へ』でのまひろ(紫式部)は宮仕えした当初、環境の変化に戸惑い、夜も眠れずに実家に逃げ帰ったこともあった。実際の式部も、宮仕えを始めてからすぐに実家に戻っている。
だが、そんな宮仕えもすっかり板についたようで、今回の放送では久々に帰省したところ、懐かしさよりも宮中とのギャップへの戸惑いが上回ったらしい。「なんだかこの家がみすぼらしく思えた」というまひろの心境がモノローグで語られていた。
少し酒を飲み過ぎてしまったようで、きらびやかな宮中での生活を家族の皆に自慢するという醜態をさらしてしまったまひろ。娘の賢子からは、こう言われてしまう。
「一体、何しに帰って来られたのですか? 内裏や土御門殿での暮らしを自慢するため?」
しまいには「母上なんか大嫌い!」と言われる始末。思わぬ娘の反応に、まひろも反省したことだろう。宮中の生活に慣れて、自分が変わってしまったのではないか……と心配になる様子は、実際の『紫式部日記』にも書き記されている。
初めて宮中に出仕したときは「いみじくも夢路にまどはれしかなと思ひ出づれば」、つまり、まことに夢でも見ているかのようだと困惑していたのが、「こよなくたち馴れにけるも、うとましの身のほどやとおぼゆ」と書いているように、今はもうすっかり慣れてしまって、そんな自分が嫌だと嘆いている。
また実家に帰れば、慣れ親しんだはずの環境なのに「すべて、はかなきことにふれても、あらぬ世に来たる心地ぞ」とし、些細なことにつけても別世界に来た感じが募る、とため息をつくばかり。
自分自身への失望をこう書きつづっている。「大納言の君」とは、中宮付き女房のことだ。
「大納言の君の、夜々は御前にいと近う臥したまひつつ、物語りしたまひしけはひの恋しきも、なほ世にしたがひぬる心か」
(大納言の君の、毎夜、中宮様のお側近くにお休みになりながら、いろいろ話してくださった様子が恋しい。やはり、私の心が宮仕えという世界に染まってしまったということなのだろうか)
今回の放送は、そんなふうに、まひろ(紫式部)が宮仕えに慣れてしまい、家族と溝ができてしまった様子が巧みに描写されていた。