大谷選手関連の質問がNGだった理由

 この日は、イチロー氏が女子野球の振興のためにプロデュースしたイベントだった。そのことを物語るように、スコアボード横の大型ビジョンには、冠スポンサーのSATOのほか、SMBC日興證券、三菱重工、ユニクロ、セブンイレブン、オリックスグループ、KONAMI、トヨタイムズ、JAL、CW-X(ワコールのサポートタイツ)の協賛9社の広告看板が掲示された。いずれもイチロー氏がCMなどに起用するスポンサー企業で、イチロー氏が今年で4回目となったエキシビション開催へ、いかに尽力したかがうかがえる。

 イチロー氏は、松井氏、松坂氏、女子選手とともに試合後に場内インタビューで冗舌なトークも展開。初回に4連打で3点を奪った高校野球女子選抜の健闘に、「レベルは確実に上がっている。『うまいなあ』と思ったことは何度もあるけど、『恐いなあ』と思ったのは初めてですね」と称えただけでなく、「野球への敬意を感じる試合だった。これだけ相手へ敬意が詰まった野球を僕は知らない。僕は自分の体がボロボロになるまで女子野球を応援したいと改めて心から思った」と来年以降の開催にも強い意欲を示した。

試合後、高校女子硬式野球選抜の選手たちと写真に納まる(中央左から)松井秀喜氏、イチロー氏、松坂大輔氏(写真:共同通信社)

 イチロー氏、松井氏、松坂氏はその後に取材対応があった。数多くのメディアが集まるドーム内の会見場で、主催者サイドから「女子野球に関する質問のみとさせていただきます」と案内があった。このアナウンスは、大谷選手に関する質問が念頭に置かれていることが容易に想像できた。

 この日はドジャースの大谷選手が53号ソロを含む4安打の大活躍。イチロー氏を超える日本選手最多の128得点をマークし、盗塁数もイチロー氏が持つ日本選手最多の56にあと1に迫った。メジャー史上初となる「50-50(50本塁打、50盗塁)」を達成した後も記録を更新する大谷選手のプレーに関して、イチロー、松井、松坂の3氏のコメントを一斉に拾える絶好の機会と見た記者が、筆者も含めてほとんどだったはずだ。

 では、なぜ質問が“NG”だったのか。そこにこそ、イチロー氏の女子野球への最大限の敬意があったとみる。

 もしも質問が“NG”でなければ、メディアは取材の冒頭にエキシビションに関する質問を投げかけつつ、機を見て、最後の1、2問で大谷選手の関連の質問をぶつける。あくまで“おまけ”のような質問を装うが、その後のネット記事やテレビのスポーツニュース、あるいは翌日の紙面では、大谷関連のコメントだけが大きく扱われることになる。

 自戒を込めて、これはメディアの常套手段であり、数え切れないほどの取材を受けたレジェンドたちが予想できないはずがない。イチロー氏には得点数と盗塁数、松井氏には本塁打について、松坂氏には投手目線でと、それぞれが語る大谷選手の関連談話があれば、紙面も破格の扱いになるだろう。

 ただし、こうした記事になってしまうと、女子野球選抜が直前に合宿まで行って挑んだ真剣勝負の舞台が「イチロー氏(松井氏、松坂氏)がこの日、東京ドームで行われた女子野球選別とのエキシビションマッチ後の取材で語った」とわずかに触れられるだけにとどまってしまう。いかにイチロー氏が女子野球を大事にしているか。そんな思いが垣間見えたコメントが取材対応の中にあった。