5年目の回顧と、現在の回顧……そこにある「差」

愛犬と走る栗山英樹氏

「今」と「過去」について、(これだけ分厚い!)本書が持つ意味を伝えるために、もう少し話を進めたい。

 例えば、いま一度、ファイターズ時代の10年を「ひと言」で回顧してみるとこんな感じだ。

 2012年(監督1年目)は「人生最大の難関」。新人監督としていきなりパ・リーグ優勝を経験し、日本シリーズにも進出させてもらった。それでも思い返すのは「本当にきつかった」という思いだ。

 それは日本中の期待を背負い、日本の宝となる選手を預かったWBCを指揮した時よりも大きなものになる。たぶん、あれほどしんどいことは、もう人生で起こらないと思う。

 2013年(監督2年目)。「本当のスタート」。最下位という結果は大いに反省するべきところがあったけれど、大おお谷たに翔平を獲得して、理想に向かって作り上げていく作業がスタートしたという感覚で、意外と楽しかった。

 2014年(監督3年目)は「勝負の始まり」。3位でシーズンを終えた。

 そして2015年(監督4年目)が「勝つための模索」。17も勝ち越したのに優勝できなかった。それくらい福岡ソフトバンクホークスが断トツに抜けていた。普通にやっても勝てない。選手の能力を上げるだけではない。何かが必要だと考え続けた。

 2016年(監督5年目)はそれが結実した。翔平のおかげではあるけれど、「面白い野球」ができて、日本一にもなれた。

 2017年(監督6年目)は「壊す」。チームビルディングとは作り上げるイメージがあるけれど、壊していく感じだった。いや「壊れる」かもしれない。

 2018年(監督7年目)は……、この年だけが「監督業の1年」がしっくりくる。日本一から5位になった前年、オフには翔平がメジャーに移籍した。Bクラスを2年続けてはいけない。持っているノウハウ、経験を総動員する。もちろんいつも、しているつもりなんだけど、この年は監督としてやりくりしてなんとか3位に持っていけた、というイメージだ。

 そしてここからの3年、2019、2020、2021年はこのあと詳しく触れていくのでここでは一言ずつだけ。

 2019年は「最高の想定外」、2020年は「野球と人生」、2021年は「集大成」。

 思いついたままに振り返った10年。これが、日本一になった2016年のシーズンオフに出した『最高のチームの作り方』ではこう書いている。

※編集部注:『最高のチームの作り方』より抜粋※

 人を成長させる、そして輝かせる。そのために監督には何ができるのか。

 考え、悩み抜いて導き出した「もしかしたら、こういうことなのかもしれない」というものをグラウンドで落とし込んでみる。

 同時に、それを「言葉」にしてみる。そんな5 年間だった。

 1年目、ただがむしゃらだった。チームのみんなに勝たせてもらったリーグ優勝。日本シリーズでは2勝4敗でジャイアンツに敗れた。

 2年目、振り返ってみれば一番つらかった1年。前年の優勝から、一転、最下位を経験した。

 3年目、若い選手の成長を肌で感じた。3位。クライマックスシリーズをフルに戦い抜いた10試合が、貴重な財産になった。

 4年目、優勝できると確信して臨み、最後まで勝てると信じて戦い抜いた。2位。クライマックスシリーズはファーストステージで敗退した。

 5年目、はじめての日本一。夢にまで見た日本一の頂からは、勝つための課題だけがはっきりと見えた。

 では結局、監督には何ができるのか。監督とはどうあるべきなのか。その答えを一般論に落とし込むのは、まだまだ自分には難しい。

 それでも、この5年間に自分が発した「言葉」を追って行くことで、何かが見えてくるのではないかと思い、振り返ってみた。

 すると、「過去の言葉」は発した瞬間に見せた色と違う色になっているものが多いことに気付かされる。いつもその瞬間は「こういうことなのかもしれない」と覚悟を持って口にしているのだけれど、時間を経て、より濃い確信の色となったり、新しい考えが加わってより深い色になったり、まったく違う色になったものもある。(『最高のチームの作り方』(2016年)より)

編集部注:抜粋ここまで(『監督の財産』にも収録)

 わかりやすく比較すれば、今は「1年目」がもっともつらい時間だったと感じているけど、2016年の頃は「2年目」がもっともつらい時期だった。

「過去の言葉」は発した瞬間に見せた色と違う色になっている。

 本書が手に取ってくれたみなさんに価値をもたらすことができるとしたら、ここがひとつのポイントかもしれない。

 監督として「記憶が鮮明な時期」と「今」で、何が同じで、何が違うのか。本書はそれを知ってもらうことに挑戦している。(続く)

『監督の財産』(はじめに)より。執筆は2024年。

異例の分厚さで大きな話題を呼んでいる栗山英樹の新刊『監督の財産』