総ページ848。栗山英樹氏の新刊『監督の財産』が大きな反響を呼んでいる。

――想像よりずっと分厚かった(30代・会社員)
――読み切るまでにまだまだかかりそうだけど、終わってほしくない!(30代・会社員)
――大谷翔平はやっぱりすごい。でもこれだけの人が彼を生かしたんだと思うと感動を覚えました(40代・男性)

 今回は特別に本書を残そうと思った意図について書かれた「はじめに」の一部を紹介する。そこにはリーダーとして、人として過去と向き合うための重要な視点が記される。

そうあってはいけない。何度も身を引き締めた。

 思ってもみなかった「監督」の肩書きを背負わせてもらった期間は約12年。そのうち10年間は北海道日本ハムファイターズでのものになる。

 後半はとにかく結果が出なかった。1年目でいきなりリーグ優勝を経験し、5年目には日本一にもなった。でも、最後の3年は5位が続いた。あの時のことを、今こんなふうに感じている。

──前半にいいことばかりあったから、そういう終わり方もまた野球だな。

 本当に何をやっても、どれだけ考えても、結果が出ない。「いくら頑張っても報われない時はあるのだ」と教えられた。自分の野球人生のなかでも、一番、勉強になった日々だった。

 結果が出なかった日々をそんなふうに評してしまえば、「冷めたやつだ」と思われるかもしれない。「無責任な」と、お叱りを受けるかもしれない。

 誤解をしないでほしいのは、この感情は、「今、過去として」あの日々を振り返ったから生まれてくるものである、ということだ。

 現場にいた当時の自分は、全然そんなふうには思えなかった。それは毎日、書き綴つづった「メモ」を見返せばすぐわかる。「なんなんだよ」って腹の底から湧いてくる怒りや、やるせなさ、悔しさ、申し訳なさ……とにかく、どうやったら勝てるんだ、と悩み続けていた。

 あるシーズン、あるプレー、ある行動。

 同じことであっても、生まれる感情は時間によって大きく変わる。ファイターズの監督を辞めた後、幸せなことに侍ジャパンの監督まで務めさせてもらい、最大の目標である2023ワールドベースボールクラシック(以下、WBC)優勝を果たすことができた。

 その反響は想像を超えていて、いろんなところで私の考えを伝える機会に恵まれた。ときにリーダーとして、マネジメントとは、といった不相応なテーマで話をさせてもらった。

 そうやって話をしていると、「過去」が美化されがちだ。結果が出なかった日々に対しても何らかの意味付けを勝手に、自分でしてしまう。「あの時、こう思っていたかったな」という願望に似た感情が入ってしまう。

 それはそれで大事なことだけど、そこで思考をやめてはいけない、と思っている。

 WBCで優勝を果たした後、はっきりとわかったことがあった。アメリカを倒し、世界一となった時、監督としてどんな景色が見えるのだろうか。そう思っていたが、いざ現実になると、「何も変わらない」ことを知った。「変わる」のは自分ではなく、周囲だった。

 ともすると礼賛され、自分自身がそこに引っ張られそうになる。

 そうあってはいけない。何度も身を引き締めた。

 自分が監督として経験してきた「現場」で起きたことも同じだ。結果が出た後、苦しかった日々があったから今がある、そう考えることに意味はある。でも、その時「現場」で感じていたことを忘れてはいけない。あの時、ああしておけば、と悔やんだことに、違う意味を持たせてはいけないのだ。