エントランスに、口から「生ぬるい人間」を吐き出している「転生」という彫刻があって、思わず引きつけられる。1階に入ると、いきなり水兵姿の少年が左手に楽譜を持ち、歌う「唱歌君が代」があり、その精緻さに思わず見入る。
田中といえばなにはおいても、高さ2メートルの大作・鏡獅子が挙げられる。
6代目尾上菊五郎をモデルに、昭和11年から作り始め、紆余曲折をへて、完成したのは昭和33年である。22年かかっている。
現物は国立劇場のロビーにあったが、建て替えに伴い2024年2月に井原市立平櫛田中美術館に移されている。小平市の平櫛田中彫刻美術館にもその小型版がある。
鏡獅子が移設されたときの除幕式の様子はこちら(OHK岡山放送の公式YouTubeチャンネルより)。
が、わたしの好きな作品はほかにいくつもある。
「唱歌君が代」も好きだが、「老人坐像」(老人が虫に見入っている)、「良寛和尚燈火万葉」(書物の頁がすごい)、「鍾馗」(邪鬼を捕まえている)、「かがみ」(金色の小鬼が己の顔を見ている)などである。
タイトルだけ羅列されても困るだろうが、興味のある方は検索してみてください。あとは「薬師如来」「南無誕生仏」や、後水尾天皇の逸話にちなんだ「気楽坊」もいい。
田中の木彫は、彫刻界ではタブーとされてきた彩色をしているのが特徴(全部ではない)である。ただの彩色ではない。衣服の文様がじつに細かく描かれ、嘆息するほどだ。鏡獅子は絢爛豪華である。
田中がこれを描いたのか、こんな才能もあったのかと驚いたが、着色は田中ではなく、日本画家や彫刻家に頼んだもののようである(回顧談には、池野哲仙、平野富山、平野敬吉などの名前がある)。
120歳ごろまで仕事をするつもりだった
美術館の中庭に、100歳のときに九州から取り寄せたという樟(クスノキ)の巨木が置いてあった。知ってはいたが、実際に見て度肝を抜かれた。120歳ごろまで仕事をするつもりで材料を買ったのである(それでなくても数十年分の材木があるという)。