オモニも日本に対し「悪いイメージばかりだったのに、日本に来るたびにいい思い出しかなかったから」変わった。そこで初めて洗脳が解けたのだ。実際の「日本人は本当に親切で礼儀正しい」ことがわかった。ソアさんも韓国で暮らして、「資本主義の方が自由だからこそ法律も守らず無秩序だと思っていたが、違った」という。

 北朝鮮では、車は金持ちでも勝手に持つことができない。国の審査と許可が必要で、会社の保証もいるらしい。バイクはホンダが多い。

 オモニと二人で金正恩の悪口を言い合って盛り上がる(その部分は伏せられているが)。日本の高級寿司を食べながら、「金正恩は今これを食べてるかも」といい「わたしも食べてるよ」と笑う。

 ソアさん関連の動画は5本ほどあるが、浅草寺を訪ねる編では、着物を着ている。彼女は「日本に対してよくない認識が自分の中でどんどん消えていく」という。

 彼女の韓国人の夫は日本嫌いらしい。しかしソアさんは、「あなたが日本を嫌いなのはいいから、自分に押し付けないで」というのだという。そういうところは、反日教育を受けたとは思えないほど、まっとうすぎるほどまっとうである。

娘が、そして自分も脱北した「オモニ」の壮絶な体験

 ソアさんに同行したオモニが、それ以前、実娘のアンニと来日したときの動画もある。この脱北母娘の体験は、ソアさんとちがい、壮絶である(「娘の日本旅行の動画を観たお母さんの反応が意外すぎた」)。

 最初に脱北したのは娘のアンニだった。家があまりにも貧乏だったため、自分が中国で働き、家計を助けたいと思ったのが動機だった。父親は早くに死んだ。2回脱北を試みたが捕まり、3回目、ブローカーの仲介により中国への脱出に成功した。17歳だった。

 オモニは娘のアンニの脱北に反対した。娘は死んだと聞かされた。それからなお8年間北朝鮮の山の中で生きた。母は娘以上に洗脳されていて、北朝鮮に対する思想的忠誠が強かった。北朝鮮では「比較する対象がないから、国の体制が正しいか否か、判断する自由もない。そこで生まれたからはそのまま生きるのが最善」と思わされる。

 娘のアンニは中国、ベトナム、ラオスと連れまわされ、やっと韓国へ。母も最終的に脱北したが、最初の頃は娘を国賊、裏切り者と罵った。「家族よりも国家」だった。韓国で暮らすようになってからも、数年間は洗脳が溶けなかった。日本に関しても徹底的に悪い国と教育される。そして教育された通りの大人になる。

 北朝鮮に関するこのような実情は、しかるべき本にはもっと詳しく書いているのかもしれない。しかし脱北した当事者の口から直接聞くと、リアルで生々しい。こちらも真剣に聞こうという気になる。