韓国から南北軍事境界線(DMZ)を望む(写真:ロイター/アフロ)

(金 興光:NK知識人連帯代表、脱北者)

 1月1日、1年前に南北の非武装地域(DMZ)の鉄条網を越えて韓国に来た脱北青年が、同じルートで再び北朝鮮に戻った。事件発生後、10日ほど過ぎたころから、北朝鮮に再入国した青年の知人たちの証言によって、彼の韓国での生活が詳しく伝えられるようになった。

 北朝鮮に再入国した際の脱北青年の身上資料は以下の通りだ。

 キム・ウジョン、1993年生まれ、28歳、ソウル市蘆原区の永久賃貸住宅に居住。脱北後、亡命動機調査と社会政策教育を6カ月間受けて、2021年7月に一般社会での生活を開始──。

 韓国社会でわずか5カ月しか暮らさず、再び北朝鮮に舞い戻ったという事実を知らされ、韓国の脱北者社会は動揺している。彼の北朝鮮再入国の動機や理由について、熱い論争が繰り広げられている。

 その核心となる論点は、北朝鮮に戻らざるを得なかった理由が何かということだ。

 韓国メディアが伝えた理由は二つだ。一つは社会不適応説で、もう一つはスパイ説である。ところが、彼の言動を見る限り、どうもスパイではなさそうだ。もしスパイならば、DMZを突破するという、メディアに注目されるような潜入手段はとらないだろう。

 事実、彼は厳しい調査を受けた後、定着支援施設「ハナ院」に移された。そこで、定住教育を受け、やっと社会に出てくることができたのだ。

 また、彼は北朝鮮に再入国する2日前の12月29日も、身辺担当の警察官と話をしており、前日にはベッドとマットレスを外に出して出発したという。隠密行動が不可欠なスパイであれば、このような行動はとらないはずだ。

 そうなると、動機は社会不適応だということになる。20代の若い青年が最後の希望を抱き、命をかけ、軍事境界線まで越えて韓国にやって来た。だが、定住しようとした時に大きな壁にぶつかり、その壁を乗り越えられずに、北朝鮮に戻っていったと考えるしかない。

 韓国メディアは、青年が韓国社会に溶け込もうとした際に直面した苦難として、雇用市場(労務局)での疎外感や差別的な待遇、社会的な軽視と冷遇などを挙げている。

 まさにその通りである。脱北者社会は、キム・ウジョンの北朝鮮再入国事件に関しては同情論が優勢だ。韓国は、北朝鮮とは全く違う社会であり、たとえ韓国に定住することになっても、精神的に心まで定着するのは決して容易なことではない。そのために脱落し、再び北朝鮮に戻る者がいくらでも発生する可能性があるということだ。