韓国に入った脱北者が感じる失望

 韓国でも、釜山の人間がソウルに上京するとなれば、心機一転、新たな生活を始めなければならない。大田(テジョン)の人間が大邱(テグ)に引っ越せば、大邱の環境に適応しなければならない。生きるということには、高度な適応能力が必要だ。

 もっとも、新しい土地に物理的に適応するということであれば、努力すればなんとか解決することはできるだろう。だが、同じ外部の人間といっても、脱北者の場合は簡単ではない。脱北者という理由で、周囲から冷遇され疎んじられたら、定住する自信を失ってしまう。大邱や釜山の人間がソウルに定住することと、脱北者が韓国に定住することは、同じ次元の問題ではない。

韓国の脱北者定住支援施設「ハナ院」。脱北した子供が定住教育を受けている(写真:ロイター/アフロ)

 多くの脱北者が経験していると思うが、この青年も、韓国の自由と豊かさに対する憧れと期待を抱いて脱北したのだろう。韓国は本当に自由である。社会に定着した初日からパスポートが発行され、お金さえあれば、世界中どこへでも旅行に行くことができる。北朝鮮と比べて、住居の自由、表現の自由、そして人権を享受することができるのだ。

 韓国は豊かな経済大国であり、ソウルの賃貸住宅に住み、お腹いっぱい食べ、暖かいオンドルで人間らしく暮らすことができる。ただ、韓国に来たという達成感と幸福感はほんの少しの間だけで、ほとんどの脱北者が、強烈なトラウマとストレスに悩まされる。うつ病になってしまう人もいる。

 韓国に来るまでの期待との落差、つらい労働と日々高まる孤独、それに故郷の両親に対する心配や罪悪感など、若い青年であればあるほど、極度の不安にかられてしまうことも、また現実なのだ。

 こうした時、青年に安らぎを与え、元気づけ、やる気を起こさせることができるのが家族であり友人だ。だが、軍事境界線を超えて一人で脱北したのなら、飲み友達や心中の悩みを打ち明けられる知人もいなかっただろう。中国やタイを経て韓国にやって来た脱北者は、数万キロに及ぶ経路を同行した者同士が友人となり、助け合う。

 通常の脱北者と異なり、孤立無援の状態で生活しなければならなかったキム・ウジョンは、今後の韓国生活には笑いも楽しみも希望もないと感じたのだろう。