第二幕で山田さんが、自分の好きな物語である「桃太郎」の世界に入り込み、桃太郎の鬼退治の様子を第三者の視点で見つめる。桃太郎は剣道の師匠に弟子入りして体を鍛え、猿、犬、鳥とともに、欲にまみれた商人が怨霊と化した鬼に決闘を挑み、鬼を撃破する。最後にどこからともなく現れた僧侶が聖水をかけることで人間に戻った鬼は、桃太郎の村づくりを支援する。
そして、第三幕で再び現実世界に戻り、山田さんと一部の村人が提唱する日本式の有機農法に批判的だった村長や村人たちが徐々に理解を示すようになり、晴れて有機農法が現地の村に普及する。これを1時間かけて演じるというものだ。
ストーリー読了時の感想は、「え? マジでこれをやるの?」というものだった。多少の脱線は覚悟していたが、第一幕と第三幕で桃太郎の「も」の字も出てこないのだから、1時間のうち桃太郎の登場シーンはわずか20分足らず。しかも、Google翻訳の文によれば、桃太郎は桃ではなくかぼちゃから生まれたことになっている。
これは非常にやばい。数カ月かけて現地と対話をしながら物語を作ってきて、若者チームが毎週エコ氏のもとを訪れてワヤン作りの様子を記録しているということも聞いていたので、すっかり安心しきっていた。絵の展覧会が大成功だったこともあり、つい現地に任せっきりになっていた自分も悪かったのかもしれない。
急いで現地のキンタさんに連絡して、エコ氏をはじめインドネシア側がプロジェクトの趣旨を理解できていない可能性があり、残り1カ月以内に再制作の可能性があることを伝えた。数カ月間の打ち合わせは全て無駄だったのかもしれない、自分はどこで間違えてしまったのかと、色々な感情が胸をよぎった。既に様々なところにイベントの告知もしている。日本からわざわざ見に来てくれる人もいるはずなのに。
現地側は「少し確認する」と言うだけで、「大丈夫だよ~、心配しないで~」と呑気な絵文字付きで送ってくるのを見る限り、あまり焦っていない様子だ。今からストーリー全体の修正はほぼ不可能だろう、だとすれば、少しのマイナーチェンジでいけるだろうか。もしかしたら、ストーリー作りを担当した人は、わずかな変更も受け入れてくれないかもしれない。
これまで現地の人々に置いていた全幅の信頼は一瞬で吹っ飛び、心の中が不安な感情で満たされていった。
* * *
「農水省の山田さん!?」で呆然となった筆者。しかし、荒唐無稽に思えた物語展開も、実は非常に計算しつくされていたのだ。気になるプロジェクトの結末(後編)は、新潮社フォーサイトの次のページでお読みください。
インドネシアで影絵芝居になった桃太郎(後編)
https://www.fsight.jp/articles/-/50459
徳永勇樹
(とくながゆうき) 総合商社在職中。東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)連携研究員。1990年7月生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本語、英語、ロシア語に堪能。ロシア語通訳、ロシア国営ラジオ放送局「スプートニク」アナウンサーを経て総合商社に入社。在職中に担当した中東地域に魅せられ、会社を休職してイスラエル国立ヘブライ大学大学院に留学(中退)。また、G7及びG20首脳会議の公式付属会議であるY7/Y20にも参加。2016年Y7伊勢志摩サミット日本代表、2019年Y20大阪サミット議長(議題: 環境と経済)を務め、現在は運営団体G7/G20 Youth Japan共同代表。さらに、2023年、言語通訳者に留まらず、異文化間の交流を実現する「価値観の通訳者」になるべくNGO団体Culpediaを立ち上げた。
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