日本の高齢者対策が世界の注目を集めている

 浜通りが抱えたもう一つの問題が要介護者の増加だった。相馬市の場合、2011年に186人だった要介護者(要介護1)は、2014年には242人と1.3倍に増加している。ただ、増加の大部分は軽度の要介護者だった。子どもたちと同居していた高齢者が、子どもたちが避難あるいは移住したため、介護が必要となった。

 相馬市では、このような高齢者を対象に、彼らが集団で生活する「相馬井戸端長屋」という復興住宅を提供した。長屋入居者の健康管理に関わっている前出の齋藤宏章医師(相馬中央病院)によると、長屋では個室に加え、共同風呂、共用の洗濯機が用意され、昼食宅配、保健所の看護師や齋藤医師による定期訪問、近隣の商業施設までバスでの定期的な送迎などの取り組みが行われているという。

 設立から10年が経過し、昨年11月、齋藤医師も加わる研究チームは、その経過をスイスの『公衆衛生フロンティア(Frontiers in Public Health)』誌に発表した。この研究によると、「相馬井戸端長屋」入居者の入居時の平均年齢は76.2歳で、10名が要支援、12名が要介護認定を受けていた。65名のうちの30人が入居を継続し、21人が入居中に亡くなり、14人が長屋から退去していた。平均入居期間は約6年半で、6割に当たる39人が5年以上の入居を継続できていた。

 相馬市では行政が中心となって、独居高齢者や高齢世帯の生活環境を整備し、それが一定の成功を収めた。スイスの学術誌が、この研究を掲載したのは、高齢化が進む欧州の専門家たちが日本での試行錯誤に関心があるからだ。日本の高齢者対策が世界の注目を集めているのが分かる。

民間頼みの医療・看護・介護サービス

 以上、東日本大震災の経験だ。ただ、能登半島では、この方法がどの程度機能するかわからない。それは高齢化の度合いが違うからだ。能登半島の被災地では高齢化率が50%を超える地区も多く、多くの住民が病を抱えると同時に、要介護の状態にある。一部の住民の医療、介護問題を解決すればよかった浜通りとは、状況が異なる。

 震災前、このような地域で重要な役割を果たしてきたのは、在宅医療、訪問看護、訪問介護だ。厚労省は、高齢化に対応すべく、このようなサービスの体制整備を進めてきた。ところが、このような自宅をベースとしたサービスは、災害時には機能しなくなる。家が破壊されれば、避難せざるを得ないし、交通機関が麻痺すればサービスは提供できないからだ。災害時には、彼らをどこかに収容して集中的にケアしなければならない。もちろん、阪神・淡路大震災や東日本大震災でも、このような高齢者はいたが、その数が違う。

 国も、このことは認識していた。2016年4月、「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」を発表している。そして、その中には「福祉避難所の指定」という項があり、「市町村は(中略)指定福祉避難所として指定する施設を選定し指定する」(引用は21年5月改訂版より)とある。つまり、認識はしていたものの、実態は民間の事業者への業務委託、要するに丸投げをした。

 行政は要介護者の存在や家族構成を把握し、災害時の対応を準備していただろうか。おそらく、そのような自治体は少数のはずだ。災害が起こり、どこに誰がいるかわからず狼狽えたのではなかろうか。

 一方、介護・福祉施設は慢性的な人手不足だ。災害が起こり、一気に医療や介護が必要な住民が押し寄せても対応できない。また、災害で通常業務ができなくなれば、収入が激減する。国公立組織と違い、倒産する可能性もある。ところが、このような組織に政府が運転資金を提供したという話は聞かない。

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