ユーリーによれば、ゴルバチョフ元ソ連大統領や収監中の反体制政治家ナワリヌイ氏らも、2014年のロシアによるクリミア併合を事実上支持していて、政治的立場はどうあれ「ロシア人なんて信用ならない」のだという。この反ロシア感情は多くのウクライナ人に共通するものだ。

憎しみに駆られた人々に「停戦」の選択肢はない

 歴史研究者でジャーナリストでもあるオリガ・ホメンコ氏は、去年日本で出版された『キーウの遠い空』にこう書いている。

オリガ・ホメンコ氏。(オックスフォード大学日産日本問題研究所HPより)

「私はいま、福沢諭吉が唱えた『脱亜論』を思い出している。必ずしも文脈は同じではないが、長い間頼ってきた、隣にいる大きな存在に対して、この一年間でウクライナ人は急激に『脱露論』を考えるようになり、精神的に『あの帝国』と離れた。そしてしっかりと自分の国境を確かめて、自分の故郷を誰にも渡さないと決めた。それは明らかである。ウクライナの人にとって今は『そろそろ戦いをやめて、平和的な交渉を進めたらいいのではないか』という声も上がっているが、それは無理だろう。故郷を攻撃されつづけているのだから」(P172)

 強まる国民同士の憎しみと不信。これは戦争を終わらせることを困難にし、戦争が終ったとしても、国民レベルの和解プロセスに大きな影を投げかける。

オリガ・ホメンコ氏:オックスフォード大学日本研究所英国科学アカデミーフェロー。ウクライナ・キーウに生まれる。キーウ国立大学文学部卒業。東京大学大学院地域文化研究科で博士号取得。歴史研究者、作家、コーディネーターやコンサルタントとして活動中。『キーウの遠い空』は、キーウに生まれ育ったホメンコ氏が戦争の中で考えたことをつづっている。