二流の西部劇役者だったロナルド・レーガンがカリフォルニア州知事となり、大統領になれたのはなぜか

 神と仏はよく混同されがちだが、神と仏は全く違うものである。

 神というのは人間ではなく、人知を超えた存在。人間を裁き、恩恵を施す。仏とは、最高の、理想的な、完成された人格をもってして、さらに悟りを開いた人物を指す。

 生身の人間が修行の果てに辿り着いた、理想郷に住するのが仏だが、その境地は人間が決して辿り着くことの出来得ないところでもある。

 先日、ニュースの見出しに「幼稚園児が七夕に願い『交通事故ゼロ』」というがあった。

 文字通りに取れば交通事故をゼロにするというものだが、令和3年(2021)中の交通事故発生件数は約31万件で、死者数は3000人弱、負傷者数は約36万2000人とある。

 これをゼロにするということは、世の中の自動車をすべてなくさない限り不可能だろう。

「理想」とは、現実には有り得ない超越的な規範や価値であり、常に到達出来得ないと知りつつも、私たちが目指すべき一つの指針である。

 人は、本当に困った時には神に祈る生き物で、世界人口の7割以上が神を信じているとの調査報告がある。

 日本には八百万の神がいるとされるが、世界には数え切れないほどの神が祀られ信じられている。

 しかし、困った時に死にもの狂いで神に祈ったとしても、実際に信仰している神が、祈っている人の目の前に現れて、救済してくれたという話は聞かない。

 だが、祈りには現実的な効力があるのは、事実である。なぜか?

 もし、神の助けを必要とした人が祈った結果、その人が救われたのであれば、それは人間に内在する、ある意識が祈ることで発動され、人智を超えた力を発揮した結果である――という考え方がある。