サウジアラビアのアル・ナスルでプレイするクリスティアーノ・ロナウド(2023年5月23日、写真:ロイター/アフロ)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 ときどき「C・ロナウドの超巨額年俸280億円が話題 “時給324万円”」といったようなニュースに接することがある。

 それを読まされるこちら側は、だからどうした、と思うほかないが、報じる方はどういうつもりで書いているのか。世界はこんなバカげたことになってるよ、というつもりならまだ救いはあるが、たぶんどういうつもりもないのだろう。ただただびっくりしたから報じているだけだろう。

 このニュースの内容は、昨年末、サッカーのポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドが、サウジアラビアのアル・ナスルというチームに年俸総額2億ユーロ(約280億円)で移籍した、というものである。

 この年俸は月給に直すと、単純換算で約23億円、日給は約7700万円。世界の多くの非正規労働者が時給500円~2000円で働いているのに、なんとロナウドの時給は約324万円である。「1時間ごとに新車を買える」と報じられた所以だ。

世界的な選手が次々とサウジに

 もちろんこんな例は世界でも稀有である。しかしロナウド以後も、おなじサウジアラビアのアル・イテハドが元フランス代表のカリム・ベンゼマを2年4億ユーロ(約580億円)で獲得した。

2023年6月8日、サウジアラビアのスタジアムでの授与式で、2022年バロンドールのトロフィーを掲げるカリム・ベンゼマ(写真:AP/アフロ)

 ロナウドは中東での仲間を増やしたかったのか、メッシなど世界的選手がサウジにやってくるのは「大歓迎だ」といった。しかし、レアル・マドリードのクロアチア代表モドリッチは、サウジアラビアのアル・ヒラルから3年契約給与総額2億ユーロ(約300億円)を提示されたが、拒否したという。どっちにしろこれもべらぼうな額である。

 わたしはかならずしもロナウドが嫌いではない。かれが来日したとき、日本の少年が棒読みのポルトガル語で歓迎の辞を述べたとき、その場にいた大人たちは苦笑したが、ロナウドはなにがおかしいかと、少年をハグし擁護した。

 ただかれはサウジ移籍について、「とてもいいリーグだ。非常に競争が激しく、いいアラブ人選手が揃っている。それにまだまだ成長する余地を残している」「僕はここでハッピーだ。ここでサッカーを続けて行く」と発言をしている。ベンゼマも「(サウジアラビアの)ファンや人々の温かさと愛を感じてきた。新しいチームメートと合流し、彼らとともに、この素晴らしいクラブとサウジアラビアのサッカーを新しいレベルに引き上げるのを楽しみにしている」とコメントした。

 以前中国が巨額の年俸を提示して欧米のサッカー選手を次々と獲得したように、今度はサウジアラビアがオイルマネーによっておなじことをしていると批判したいのではない。かつては日本もやったことだ。

 またロナウドの「僕はここでハッピーだ」という発言も、ベンゼマの「ファンや人々の温かさと愛を感じてきた」という発言も、サウジアラビアの人権無視や男尊女卑の実情を無視した無邪気な発言だと非難したいのでもない。

 かれらはわれわれとおなじ地球に住んでいるから、われわれとおなじ世界の住人かと思うと、ちがう。かれらが生きている世界は、われわれの世界と断絶し、意識の上では地上から浮かび上がった世界に住んでいるのだ、と思うようになった。