山田和樹指揮東京都交響楽団、東京混声合唱団による三善晃の反戦三部作より。5月12日東京文化会館(写真:堀田力丸)
  • この5月に、印象的な二つのコンサートが開催された。三善晃作曲の「反戦三部作」と呼ばれる「レクイエム」「詩篇」「響紋」を上演したコンサートと、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「エレクトラ」の演奏会形式上演だ。
  • どちらも凄惨な悲劇をオーケストラと声によって伝える交響芸術の一つの到達点と言える作品である。
  • 聴き手を茫然自失に追い込む濁流のようなカオスとエンディングは感動を超えた不思議な余韻がある。

「あの悲劇を忘れない」という言葉は、歴史上さまざまな局面で語られてきた。

 それは人間の尊厳にかかわる、最も大切な思いとして、あらゆる社会の根底に流れている。ときにそれは個人の問題だけではなく、政治をも動かす大きなエネルギーとなりうる。

 去る5月には、この「悲劇を忘れない」ことについての、二つの重要なコンサートに接することができた。どちらも壮絶な音響スペクタクルであると同時に、その音の洪水の力によって、聴き手を震撼させるような特別な出来事であった。

 一つめは、山田和樹指揮東京都交響楽団、東京混声合唱団他による、三善晃(1933-2013)作曲の「反戦三部作」と呼ばれる、「レクイエム」「詩篇」「響紋」を上演したコンサートである(5月12日、東京文化会館)。

 これらは、戦後日本を代表する作曲家のひとりである三善晃が、自らの戦争体験に生涯こだわり続けたがゆえの渾身の名作として知られる。合唱もオーケストラも複雑精緻に書かれており、上演は至難である。

 それを三作まとめて接する機会は稀だったため、現代音楽ファンのみならず、世代を問わず幅広い層からの前評判も高く、当日の会場は満席完売という盛況であった。

「レクイエム」(1972)は、さまざまな戦没者たちの声を集めた詩、そして詩人・宗左近の「夕映反歌」を歌詞としたもので、怒りと涙、恐怖と悲しみに満ちた声の束である。惨めな死を遂げていった死者たち一人一人の叫びを、今この場に再び蘇らせるようなすさまじい作品であった。

 ドブネズミのように、虫けらのように殺されていった大勢の者たちの心の声、胸をかきむしるような痛みと苦しみのうめき声――。それに耳を傾けることは、彼らの尊厳を取り戻すことでもあり、供養でもある。

 戦争とは、大切なもの、美しいもの、平凡なもの、人生のかけがえのない価値すべてが、へし折られ、叩きのめされ、踏みにじられることである。

 三善晃の荒れ狂うようなこの「レクイエム」は、戦争とはいかなるものであったかを、音で伝えようとする必死の試みと感じられた。

 これを聴くことは、忘却の彼方から、あの世の果てから、いちばん聴かなければいけない怒りと悲しみの声を呼び出す儀式に立ち会うことでもあった。

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