通行人が犯人を取り押さえたとき、3人のうちの1人がスタンガンを押し付けられたのだが、被害女性もその「男性」も軽傷ということだった。

 映像はまだ続く。場面は変わって、警官に囲まれながら、抵抗する気もない様子で正座している犯人に、別の若い警官が敬語で「危ないものがないか確認しますから」といいながら、犯人を立たせて身体検査をする。しかしその次の場面は、まったく民主警察にもほどがある、と思えるほどののんびりぶりだったのである。

犯人が逃走したらどうするつもりだったのか

 夕方のテレビニュースの見出しはたしか「スタンガン男を確保」と出ていたが、この時点で犯人は「確保」はされていないのだ。男は手錠もなしのまま、しゃがみこんでいただけである。犯人がこんな状態でも、抵抗の意志なし、逃走の意志なし、と見なして「確保」したということになるのか。

 まわりには警官が5人ほどいたようだが、緊張感は感じられず、犯人に背を向けて周囲を所在なく見ていただけのように見えた。わたしはなんで手錠をしないのか、と思った。もう犯人は無抵抗とみて安心したのか。その緊張感のなさに、安倍元首相銃撃事件のときの無防備な警備体制を思い出した。あの後、VIPの警護体制は見直されたようだが、末端の警察官のところまで緊張感の引き締めは行われなかったようである。

 スタンガン男は身長はそれほど高くなかったようだが、がっちりした体格で、もしそいつが急に暴れだしたりしたらどうするつもりだったのか。逃走したり、通りすがりの女性や子どもを人質に取ったりしたら、警察官はどうするつもりだったんだろう。いや、あの状況でそれはないです、というのなら、それこそが緊張感不足である。

 その緊張感のなさのせいで、これまで何人もの「確保」したはずの被疑者に逃げられたことか。何人の受刑者に逃げられたことか。そのうちの一人には堂々と、楽しい日本一周自転車旅行にまで出かけられてしまっているじゃないか。

 今回の場合さいわい、犯人がおとなしくパトカーに入っていくシーンが映って、ことなきをえたが、しかしなぜ手錠をかけないのか。いまだに不審である。現行犯なのだ。アメリカのように後ろ手でなくても、前手錠でいい。できるだけ犯罪者に手錠はかけないように、という内部通達でもあるのだろうか。

わけのわからない呼び止めをする警察官も

 そのくせ、というわけでもないだろうが、わけのわからんことで市民をとがめ、呼び止めている。その市民とはわたしのことである。

 数年前のこと。町の大通りの歩道で自転車に乗っていたら、パトカーに止められた。車のなかから警察官が、自転車の鍵が後輪についてますねえ、といった。わたしは意味がわからず、自転車の鍵は全部後輪についてるよ、といった。そしたらその警官は、いや前輪についてるのもあるよ、と反論してきたのである。なんだこの会話? 「?」となって、わたしは走りだしたが、かれはなにもいわなかった。

 最近また、あった。静かな住宅地を自転車で走っていたら、またパトカーに止められた。若い警察官が二人出てきて、先輩のほうが「最近、自転車の盗難が増えてましてね」といった。(だからなんだ)と思ったが、「はぁ?」と生返事をしたら、先輩はごちゃごちゃいった後で、「お気をつけて」と行ってしまった。なんだこれ? 新米の後輩に職質のしかたを教えたのか。それともただの暇つぶしだったのか?