“普通”の枠から出たときに見えてきた景色
活動している中で、忘れられないひと言がある。それは子どもの人権の研究会に、不妊カウンセラーとして参加した際、「不妊の人をケアする以外に、社会に対して子どもがいない人への偏見をなくすために活動しています」と話したときだった。
「あなたの中にも、偏見があるんじゃないの?」
こう言ったのは、同じ研究会に参加していたある会の代表理事を務める女性だったそう。その言葉はしばらく池田さんの頭を離れなかった。「なぜ“普通”への憧れがあるのだろう」「ちょっといいことしてる、というおごりがあったのではないか・・・」
そして、その言葉は池田さん自身が持っていた“普通”という枠からの脱却のきっかけとなった。
「それまで、私は“普通”に憧れを抱いていました。父子家庭だったのもあり、“普通”の家庭、“普通”のお母さんになりたかったんです。でもそれによって、私自身が“普通”でないものへ進むことに、恐怖感を持っていたのかもしれません。
私の強みは、マイノリティを経験したこと。もちろんそれは、ずっと私にとって弱みだったけど、今は強みになりました。少し遅かったけど世の中にはたくさんマイノリティがいるということに気付けたのが、今の私の強みなんです。“普通”の枠が外れて、本当に生きやすくなりました」
悶々と過ごした30代、でも無駄なことは何もない
現在は、ウッドデッキに面したカフェスペースに「コウノトリこころの相談室」がある。窓から差し込む木漏れ日が美しく、心地よい。インテリアはモロッコ調。現地から取り寄せたクッションの上でお茶を飲みながら、ゆったりカウンセリングを受けられる。
42歳の時に不妊治療を終わりにした池田さんご夫婦は、その後ここ海辺の街へ引っ越した。海の近くで暮らすこと、それは「子どもができたら・・・」と先送りにしていたことのひとつだったという。
「30代のころ、周囲は育児や仕事で忙しい一方、私はあり余る時間を悶々と過ごしていました。インテリアがもともと好きだったので、休日には古道具屋さんめぐりをしたり、インテリア雑誌を隅々まで読んだり。仕事と不妊治療以外の時間はたっぷりあったので、心の隙間を埋めるように趣味に没頭していましたね」
その時に得たインテリアの知識や経験は、すべてこの鎌倉の家作りに役立った。夫婦でアイデアを共有し、作り上げた新居は瞬く間にメディアで取り上げられ、現在は撮影スタジオとしてCMなどでも使われている。
「振り返ると、無駄な時間ってひとつもないのだと思います。今の40代があるのも、あのモヤモヤした30代があったからこそ。あの時はキャリアもない、子どももいないと思っていたけれど、少しずつ幸せの基盤を作っていたんだと、今ならそう思えるんです」
そして海辺の暮らしにすっかり溶けこんだ44歳の時、池田さんご夫婦は生後5日の養子を家族として迎えた。数年前まで見ることができなかった景色が、今は池田さんの前に広がっている。