優秀な政治家に求められる条件
チャップマン:世の中の政治家たちというのは、威厳がありおごそかで「政治家らしさ」にあふれています。皮肉なことに、アーダーン氏はそういった「政治家らしさ」を感じさせませんが、そんな彼女がまさに優秀な政治家なのです。
彼女は、これまで配慮に欠けた失言をしたことがありません。思わず口が滑るとか、言ってはいけないことを言う、ということがない。彼女の凄いところは、それを努力ではなく自然体でやっていることです。
私は、彼女が政治家らしく振舞わないことこそが、彼女が優秀な政治家である証ではないかと感じています。他のリーダーが持っていないものを彼女が持っているかどうかは分かりませんが、政治家の資質に恵まれていると言えるのではないでしょうか。
アーダーン氏は、大学でコミュニケーション学を専攻していました。コミュニケーション学は、あまり重要な学問ではないといったイメージを持たれがちですが、彼女はそれを専攻し、もっとも効果的な武器として政治を行っています。
特に、危機的な状況下において求められる能力の一つがコミュニケーション力であり、彼女は極めて優秀なコミュニケーターだと思います。リーダーには多彩な資質が求められますが、この高いコミュニケーション能力を有する人は少ないのではないでしょうか。
──アーダーン首相は、現職に就く前からキャピタルゲイン課税を導入することを考えていたにもかかわらず、結局その試みを見送る決断をしました。なぜそのような判断をしたのでしょうか。
チャップマン:「キャピタルゲイン課税」とは、株式や不動産などを売買する際の価格差で得られる利益に対する課税のことで、主に富裕層からの徴税を目的としています。
私個人の憶測として申し上げれば、アーダーン氏はこの課税が必要だと考えているとは思います。ただ、過去にも多くの指導者たちが、これを導入しようとして頓挫してきた現実を彼女は見てきた。だからこそ彼女は、今この状況下での導入は難しいと判断したのではないのでしょうか。
ニュージーランドの人々は一軒の家を持ち、さらに多くの不動産を所有することを望みます。そしてこの傾向は、年齢が上の人ほど顕著です。

数年前、彼女が最初にこのキャピタルゲイン課税を提案したとき、その説明は人々からの理解をあまり得ることができませんでした。複数の家を所有する人にとっては厳しい制度ですから、当然でしょう。
ただ、この感覚は世代によって異なるところもあり、例えばあと10年くらいたてば、今の若年層が住宅危機的な状況を鑑みて考えを変えることがあるかもしれません。あるいは、若い政治家が台頭してキャピタルゲイン課税を推進する可能性だってある。でも、アーダーン氏はそれを実現するのは今ではないと判断しました。
この本が出版された後も事態は常に変化しています。彼女は、家を長期的に保有しないかぎり課税がなくならないように法案を整えました。直接的ではないにせよ、将来のキャピタルゲイン課税につながっていくのではないでしょうか。
アーダーン氏が首相になったことにより、ニュージーランドには多くの好意的な変化が起きています。
今までニュージーランドといえば、音楽や映画などで知られていることはたくさんありましたが、政治のリーダーの名を世界に知られる機会は少なかった。良い意味で、国のトップのことを世界中の人に知ってもらえるのは嬉しいことです。
彼女と労働党が、3期目を超えられるかはまだわかりません。ですが、常に国民を寄り添う意識を持ち、しなやかな強さを持っているアーダーンは、今後も逆境に対して強さを発揮していくことだろうと思います。(構成:水上 茜)