世界中で愛されているレゴ(写真:REX/アフロ)

 長らく世界の玩具産業を席巻してきたデンマークのブロックメーカー、レゴ。製品の特許切れやテレビゲームの台頭など、これまでにいくつものピンチに直面したが、それをくぐり抜けてきた。

 子どもたちの遊び方が時代の中で変化する中で、レゴはなぜ勝ち続けることができるのか、トヨタ自動車をはじめ大手企業も戦略作りに活用するレゴシリアスプレイとは何なのか──。『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』(ダイヤモンド社)を上梓したビジネス・ノンフィクションライターの蛯谷敏氏に話を聞いた。(聞き手:小川 絢子 シード・プランニング リサーチ&コンサルティング部 研究員)

※記事の最後に蛯谷敏さんの動画インタビューが掲載されています。是非ご覧下さい。

──レゴといえばブロックのイメージが強いですが、創業当時は家具職人だったことに驚きました。

蛯谷敏氏(以下、蛯谷):
レゴの生みの親であるオーレ・キアクは創業時、家具職人として木工家具を作っていました。しかし、世界恐慌や金融危機の影響で家具の需要が激減し、一念発起して取り組んだのが、子ども向け玩具の開発でした。

 その後、1939年に第二次世界大戦が勃発したことで、ドイツの大手玩具メーカーが次々と事業停止に追い込まれていきました。ただ、兵役に就く軍人たちが祖国の子どものために玩具を買っていたので、戦時中であっても玩具のニーズは常にありました。レゴはこうした需要を取り込み、急成長を遂げていったのです。

──製造特許が切れたことやテレビゲームの登場などで、15年続いた増収増益が止まったとのことです。当時のレゴは、どのような状況だったのでしょうか。

蛯谷:商品やバリエーションが増えたことで、在庫過多となっていました。増収増益がストップしたのは、この在庫を一括処分するために損失を計上したことも影響しています。

著者の蛯谷敏氏

 経営陣がその要因を改めて探ったところ、基本的な成長機運は変えず、「事業を拡大していこう」「新しいことをやってもいいんだ」と何の根拠もなく攻めすぎていたということがわかりました。

 企業が成長していくと、経営者はすべてを把握することはできなくなってしまいます。よくも悪くも、15期連続売上高が止まったことで、現場の状況がわかり、危機を感じることができました。倒産するまで状況を放置しなかった、予防はできた、という点でみると、感度は高かったのではないかと思います。

──レゴの危機を救った現会長のヨアンさんは、経営不振の現状をしっかり把握し、徹底的な効率化を行ったCEO(最高経営責任者)でした。レゴは「有事のCEO」をどのように見つけたのでしょうか。