こんなやりたい放題でほんとに大丈夫かねと思うが、「80歳を過ぎたら」むしろストレスをため込むことのほうが問題である。それよりも、「好きなことをして気楽に生きる」ほうが幸せだ、と和田氏は患者を診た経験からいうのである。
我慢や無理で日々をがんじがらめにするより
和田氏はまた「なってから医療」を提唱している。認知症は「年を取ると誰にでも起こること」だし、がんになることも、高血圧になることも当然のことだから、「なってから医療」でいい。なったらどうしようと取り越し苦労をするよりは、何事にも「ゼロリスク」などないのだから、「なってから」考えればいい。
あるかないかのリスクにおびえて「世界を小さくして生きる」よりも、「なるときはなる」とか「ああ、来たか」と、なったときに腹をくくるのである。「そういう生き方のほうが、毎日を楽しく、穏やかに生きられる」のではないか。
そんな無責任なことをいっていいのか、といいたくなる人もいると思われるが、和田氏の考えに賛成するかどうかは、あくまでも読者の責任においてすることである。和田氏にかぎらず、一般に、著者は責任をとれないし、とるつもりもない。
和田氏は、「80歳を過ぎたら」いつ死んでもおかしくはない、死んだら死んだでしょうがないじゃないか、といいたいのではないかと思う(もちろんこんなことはいっていないが)。だったら、我慢や無理で日々をがんじがらめにするより、もっと気楽に生きればいいのだ、といっている。そして、それは正しい、とわたしは考える。
次こそ「一番幸せ」が待っているのでは
こういう本を人々が読むのは、なぜ男が懲りずに似たようなポルノビデオ(や写真)を次々と見続けるのか、ということに似ている。「次こそは・今まで見たことのない・めくるめく内容のものがあるのではないか・それを見逃せば損だ」という妄想に駆られるからであろう。わたしはこれを「次こそ・めくるめくもの」の期待理論と呼ぶが、これがすべての指南本(ビジネス、自己啓発、定年、老後本)に適用されているのではないか、ということである。
帯には編集者が書いたと思しき「壁を超えたら、人生で一番幸せな20年が待っています!」という惹句があるからなおさらである。もしかしたらこの本には「一番幸せな20年」の過ごし方が書かれているのではないか。それを知らないのは、人生最後の大損だ、と思うのであろう。そんなことはないか。
読者たちの動機や読んだ後の反響を知る方法の一つは、アマゾンのレビューである。星5つが45パーセント、星4つが32パーセント、これを合わせた「高評価」は77パーセントである。星5つの評価のなかからコメントを数点挙げてみる。