「転向」するきっかけはウクライナ視察
ホーフライター氏が「転向」するきっかけの一つとなったのは、ウクライナ視察だ。彼はドイツの政治家の間で、ロシアのウクライナ侵攻が始まった後にウクライナを最初に訪れた政治家の一人である。ホーフライター氏は国防委員会のマリー・アグネス・シュトラック・ツィンマーマン委員長(自由民主党・FDP)らとともに、4月12日にウクライナ西部のリヴィウを訪れ、同国の議員たちと会談した。
ウクライナの議員たちは、「マリウポリのようにロシア軍に包囲された町で包囲網を突破し、友軍や市民を救出するには、戦車や装甲歩兵戦闘車、自走榴弾砲などの重火器が不可欠だ。これまで欧米諸国が供与してきた携帯式対戦車ミサイルでは、不十分だ」と述べ、ホーフライター氏らに対し重火器の必要性を訴えた。
ウクライナ人たちは、ロシアが「殲滅戦争」を行っていると考えている。プーチン大統領が言う「ウクライナの非ナチ化」とは、「非ウクライナ化」を意味する。ロシアが軍事目標ではない博物館や劇場をミサイルで破壊しているのは、ウクライナの文化を抹殺するためだという。プーチン大統領は、ウクライナを主権国家とは認めていない。
つまりウクライナ人たちにとってこの戦争は、最後のロシア兵がウクライナから撤退するまで、終わらない。ロシア軍を撃退するためには、戦車や榴弾砲などの重火器は欠かせないというのだ。ウクライナ側は、将来の和平交渉で有利な立場に立つためにも、重火器でロシア軍を弱めることが必要だと考えている。
さらに、ホーフライター氏がウクライナを訪れる約2週間前の4月1日にはキーウ郊外のブチャなど、ロシア軍が一時占領し、ウクライナ軍が奪還した町で多数の市民が虐殺されているのが見つかった。ウクライナ検察庁によると、これらの地域で見つかった遺体は約400体にのぼった。一部の犠牲者は後ろ手に縛られ、膝を銃で撃ち抜かれたり、手の指の爪を剥がされたりするなど、拷問を受けた痕もあった。ロシア軍兵士は戦争犯罪の証拠を隠すために、遺体の一部に燃料をかけて焼いていた。ロシア兵が遺体を戦車のキャタピラで轢かせた例も報告されている。このため遺体の一部は、今なお身元がわからない。生き残った女性の中には、ロシア軍兵士に強姦された者もいた。
ブチャなどの映像はウクライナ政府だけではなく欧州各国の政府に強い衝撃を与え、「ウクライナ軍が市民を守るためにも、戦車など重火器を供与する必要がある」という意見を強めた。
重火器供与に慎重なショルツ首相に非難の声
ホーフライター氏とツィンマーマン氏もドイツ帰国後、政府に対して一刻も早く重火器をウクライナに供与するよう要求した。だがオラフ・ショルツ首相(社会民主党・SPD)は、当初重火器の供与に頑として反対した。
彼はその理由について、「現在のような非常事態には、冷静に判断することが重要だ。ドイツが独り歩きをすることは危険だ。重火器を送った場合、ロシアから交戦国と見なされる危険がある。第三次世界大戦や核戦争は、絶対に防がなくてはならない」と説明した。
ショルツ首相は、「それまでドイツがウクライナに供与してきた携帯式対戦車ミサイルや携帯式対空ミサイルは防衛用兵器だが、戦車は明らかに攻撃用兵器だ」と考えていた。
彼は首相就任式で、「私は首相として、ドイツ市民に危害が及ぶのを防ぐべく、全力を尽くすことを誓う」と宣誓していた。このためショルツ氏は、核保有国ロシアから交戦国と見なされて、ドイツ市民や経済に被害が及ぶことを危惧していた。彼にとって、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)の正面衝突は、「越えてはならない一線」である。
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