「清酒」瓶から液体をグラスに注ぐと、シャンパンのような一筋の泡(バブル)がすーっと・・・。
発泡性の日本酒「MIZUBASHO PURE」を商品化したのが、群馬県の静かな山間にある永井酒造(利根郡川場村)。創業120年を超える老舗の4代目、永井彰一社長が不思議な酒の開発者だ。
群馬県利根郡川場村門前713
11年前、ワイン界で「マン・オブ・ザ・イヤー」として知られる、フランス人のジャン・ミッシェル氏が永井酒造を訪れた。世界屈指のワイン醸造家は日本酒の味わいに魅かれる一方で、「ワインと比べると、アルコール度がちょっと高い。そこがネックかな・・・」と言い残して帰国した。この一言が、永井社長の頭にこびり付いて離れなかった。
そこで、吟醸酒と古酒をアレンジし、アルコール度数を抑えた商品を開発した。ところが、全く売れない。「テイストが中途半端だった」と永井さんは苦笑する。
しかし、1度の失敗ではへこたれない。「瓶内で2次発酵させ、シャンパンのようにスパークリングする日本酒ができないだろうか。消費者に与えるインパクトは大きいはずだ」と思いつき、再チャレンジに打って出た。
酒税法上のカテゴリー「日本酒」を徹底して守るため、商品開発には3つの大きな課題があったという。まずは、ガス圧。シャンパンと同じ「瓶内2次発酵」に成功し、法定基準もクリアした。
この2次発酵には、澱(おり)と呼ばれる「にごり」が必要。日本酒の場合、その量はシャンパンよりはるかに多い。通常の方法で、その澱を抜き取ろうとすると、酒として使いたい部分まで相当な量が失われてしまう。「抜き方が全く分からない」
行き詰まり、仏シャンパーニュへ
行き詰まった永井さんは渡仏を決断、シャンパーニュ地方に乗り込んだ。そして、シャンパンの伝統的な「澱引き」の方法からヒントを得て、自己流のアレンジを確立した。
最後に立ちはだかったのが、微妙な温度管理。瓶内2次発酵は、蔵にあるタンクの中と同じ状態だ。従って、1本1本きちんと温度を管理しないと、品質を一定に保持できない。何とか採算ラインとなる1000本単位で管理できるようになり、「スパークリング酒」の商品化が見えてきた。
ようやく2008年冬、泡の出る日本酒「MIZUBASHO PURE」の発売に漕ぎ着けた。日本酒業界のみならず、ワイン製造の関係者からも称賛の声が上がり、外資系の高級ホテルが取引先に加わった。それまでは通常の清酒のプレゼンテーションを行っても、「いい商品だけど・・・」で終わることが多かった。だが、新商品の反応は全く違うという。
完成した商品のボトルを握り締め、永井さんは「清酒」の2文字を指差す。「リキュールで作ったら簡単だが、この『清酒』を守らなければ何の意味もない」。10年に及ぶ苦闘を支えたのは、蔵元の「こだわり」なのだ。国内で製法特許を取得したほか、国際特許も申請している。