世界的なインフレ率の上昇を受け、物価の問題に関心が集まっている。デジタル化が進む中で起こっている今の物価上昇をどう捉えるべきか、日銀で物価の分析に長く携わった元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第81回。

 リーマンショック後、世界的にインフレ率の低下(ディスインフレ傾向)がみられていた中では、「デジタル化によりインフレは起こりにくくなるのではないか」といった論調もありました。

 しかし昨年(2021年)来、世界的なインフレ率の上昇傾向が顕著になっており、さらに2月末のロシアのウクライナ侵攻を受け、インフレ圧力が一段と長期化する方向にあります。

 人々からは物価上昇への強い不満が表明されており、米欧の中央銀行も「インフレ退治」を掲げ、バランスシートの縮小や金利の引き上げに乗り出しています。

デジタルデバイドと高インフレ?

 インフレはとりわけ低所得層に大きな悪影響を及ぼすと捉えられてきました。かつて、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会で1970年代に長らく議長を務めたアーサー・バーンズ氏は、「貧しい人々こそがインフレの最大の被害者」と述べています。

 この背景としては、低所得層ほど生活必需品への支出のウエイトが高く、「高いから買わない」というわけにはいかないこと、また、資産もインフレで目減りしやすい現金や預金が殆どであることなどが指摘されています。

 連邦準備制度理事会のブレイナード副議長は4月5日、この問題に焦点を当てた講演を行っています。同副議長はまず、高所得者層の支出に占める生活必需品のウエイトは31%であるのに対し、低所得者層のそれは77%にも達すると指摘しています。そのうえで、インフレは低所得者層により大きな悪影響を与えてきた可能性が高いと指摘しています。さらに同副議長は、オンラインショッピングにアクセスしにくい主体は、インフレの影響をより大きく受けやすくなっているという研究成果を紹介しています。

 すなわち、デジタルデバイドは、人々のインフレの「体感」にも影響を与えているというわけです。