(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政府与党は、大統領選挙後、尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏の選挙公約や次期政権の意向をことごとく無視し、対立を煽っている。円滑な政権交代の道を閉ざし、次期政権の政策を妨害するつもりのようだ。
こうなってくると、尹錫悦氏にとっては、次期政権発足後、文在寅氏の影響力をいかに排除していくかが大きな課題として浮かび上がってくる。それは好むと好まざるとにかかわらず、文政権や与党の幹部の刑事訴追という政治報復に結び付く可能性がある。
政治報復の連鎖は今回も断てないのか
尹錫悦氏は大統領当選後の最初の記者会見で、与党の大統領候補・李在明(イ・ジェミョン)氏が絡む大庄洞都市開発疑惑の捜査に関する記者の質問に答えなかった。今後必要になる「国民統合」を損なう原因になるような発言を控えたのであろう。実際、有識者の間からも「前大統領を監獄に送るような習慣はやめるべきだ」との声が上がっている。
その反面、保守系の人々の間には「前政権の不正を糾明するための捜査は必要だ」との声も根強い。文在寅政権は朴槿恵(パク・クネ)前大統領と李明博(イ・ミョンバク)元大統領を相次いで収監しているが、朴氏については収監期間が4年8カ月と歴代大統領の中で最長となったものの、昨年末に赦免が決定。今年3月24日、朴前大統領は入院先の病院から自宅に戻ることが出来た。一方、李明博元大統領についても尹錫悦氏側は赦免を求めているが、文在寅政権は今のところこれに応じる態度は見せていない。
朴槿恵氏の赦免については、その捜査にあたった当時の検察のトップが尹錫悦氏だったことから、政府与党側は、大統領選挙期間に朴氏の赦免をあえて決定し、尹氏の支持基盤である保守陣営に亀裂を生じさせようという計算もあったと指摘されている。
与党側の狙いは望んだ結果に結びつかなかったが、尹氏としては大統領就任後、文政権の政府与党にどう対応するかは相変わらず悩ましい問題である。国会では共に民主党が圧倒的多数を握っている。対立すれば、政権運営に支障が生じかねない。