(田中 美蘭:韓国ライター)
韓国の高齢者世代には、「親に孝行を尽くす」ことが最大の美徳とされる、儒教の影響が色濃く残っている。韓国の昔話には自分を犠牲にして親を救う話もあり、「親の老後の面倒は子が見ることが当然」「介護は長男の嫁が行うもの」「介護に施設やヘルパーなど他人の手を借りるべきではない」など、子供への期待と執着が大きい。
だが、高齢者世代の理想は今、大きく崩れ始めている。その背景にあるのは日本以上に加速度的に進行を続けている少子高齢化だ。
特に、「家族」というものに対する執着が強い韓国の高齢者世代には、子供たちに何かをしてもらうことで幸福や優越感に浸る傾向がある。高齢者が集まれば、息子や娘、その配偶者の自慢話で盛り上がることはよくある光景である。
また、子供に関しては男児を生むことが重要とされ、男児が望まれるあまり、妊娠中に性別が女児とわかると中絶出術を受けるケースが後を絶たない。2000年代に入るまで、韓国では医師が出産まで妊婦に性別を知らせることを禁じる法律があったほどだ。
ただ、この10年ほどで、高齢者の言葉が変化し始めていると感じる。韓国の高齢者はよくも悪くも話好きで、特に子供を連れていると、よく話しかけてくる。その中で、話題が子供の性別などに及ぶと、「娘は必ずいた方がいい」という言葉を耳にする。
昨今は女性の妊娠、出産、育児になどに第三者が口出しするのはハラスメントにもなりやすくタブー視されるものだが、子供の性別について「娘、息子なら200点、娘2人なら100点、息子2人なら50点」など、ジェンダーの観点から炎上しかねない表現もある。
高齢者が「娘を……」と口を揃える背景には、「マメに連絡をして顔を見せてくれたり、病院や買い物の付き添いを率先してやってくれたりするのは娘だ」という事情があるようだ。若い頃から呪縛のように、「男児は家の継続のために必要」「長男は特別」という価値観が染み付いた高齢者が、今になって「いざとなったら息子よりも娘が親のことを気にかけてくれる」としみじみと語るのは何とも皮肉な話である。
息子であろうと、娘であろうと、根底にあるのは、いまだに「子供は自分の老後のためのもの」という考えだろう。
中には息子や娘に住宅の購入資金を出すからと、「週に一度は親との会食」を義務付け、入院時の世話やその他細かく記した契約書を交わす親も珍しくない。