金正日の車を止めてしまったペクデガリの笑えない話

 ガソリンの上納はペクデガリとの関係を維持する慣行の一つだが、ペクデガリが勤務時間外に路上で車を捕まえるということも横行した。

 自動車を止め、「私はどこどこの地区隊ペクデガリだ。××まで乗せて行け」と要求し、運転手にペクデガリの望む目的地まで連れて行かせるのだ。このようなペクデガリの無法が、後に笑えない事件を引き起こした。

 夜型体質だった金正日総書記が真夜中にハンドルを握り、平壌市内を爆走した時のこと。スピード狂だった金正日総書記は、車が1台もいない夜の街を縦横無尽に走り回っていたが、暗闇の中から突然、酒に酔った人間が飛び出して金正日総書記の車を止めた。

 急停車した車に近づいた酔客は、ハンドルを握る金正日総書記に、「中区域地区隊のペクデガリだ。平川橋まで行け」と言って後部座席に乗り込んだ。金正日総書記は何も言わずにペクデガリを乗せた。そして、金正日総書記が執務室に戻った翌日以降、平壌市交通地区隊には粛清の嵐が吹き荒れることになった。

朝鮮労働党の車両を摘発しようとしたペクデガリだったが・・・(写真:ロイター/アフロ)

 もっとも、ペクデガリがおとなしくなったのはこの時だけで、道路の無法者、ペクデガリの専横と横暴は、金正恩時代にも受け継がれている。

 2020年秋、平壌市中区蓮花洞にある朝鮮労働党・車両管理所の正門前で、ある事件が起きた。朝の出勤時間に、ペクデガリが取り締まり用拡声器で、「7.27-679出てきなさい。今入った7.27-679出て来い」と車両管理所の前で叫んだのだ。車両管理所は、党幹部が乗る車両を管理する機関で、朝鮮労働党の庁舎近くに位置している。

 出勤途中の平壌市民らが「どういうことか」と思って集まり、バスで通りかかった人々も驚いて凝視したという。北朝鮮の最高権力機関である朝鮮労働党・車両管理所の正門前で、白いヘルメットをかぶった交通保安員が声を荒ららげ、党の車両ナンバーを名指しして「取り締まりに応じろ」と叫んだのだ。いったいどんな交通違反をしたというのか。