食欲旺盛だった「ひふみん」こと加藤一二三
「ひふみん」の愛称で知られる加藤九段は現役時代、対局での旺盛な食欲と好みの食事が何かと話題になった。
加藤が40歳ぐらいだった頃。あるタイトル戦の対局で、昼食は「トーストを8枚、2倍のオムレツ、ジュースとスープを2杯ずつ」、おやつは「板チョコを6枚、ジャーにいっぱい入れたカルピス」と、それぞれ注文した。そして、ほとんど残さなかったという。
また、「うな重」「天ぷら定食」などの脂っこい食事を好んだ。その同じ料理を、昼食と夕食で続けて注文したこともあった。
私が覚えている昔の加藤は、少食に思えた。対局で「ラーメン」をよく注文したが、好物というよりも、対局中は余計なことを考えたくない、という理由だったようだ。
その意味では、前述の「うな重」「天ぷら定食」も、同じ理由かもしれない。
2015年に私こと田丸昇九段(当時65)は、加藤九段(同75)と20年ぶりに対局した。
加藤の様子をこっそり見ていたら、コンビニで買ってきた無糖コーラ、カマンベールチーズ、ミカン、フルーツゼリーなどを、次々と口に入れていた。原則として、対局中に食事はできないが、おやつ類の飲食は認められている。
私は、年齢を重ねても変わらない加藤の旺盛な食欲に圧倒された。そして、対局も完敗した。
頭脳の酷使でエネルギーを多大に消費
加藤に限らず、健啖な棋士は多い。
丸山忠久九段(51)もその1人。ある対局で注文した昼食は「にぎり寿司」と「鉄火巻」を1人前ずつ。夕食は「ヒレカツ定食」と「栄養補助食品」。丸山は、対局中に空腹にならないように留意していて、大食している意識はないという。
棋士が対局で盤の前にずっと座っていたら、食欲はわかないと思われがちだが、意外と腹が減るものである。頭脳を酷使すると、エネルギー(ブドウ糖)を多大に消費することが、医学的に実証されている。実際に対局を終えて体重を計ってみると、およそ2キロは減っている。
人間は空腹になると、短気を起こしやすいという。棋士が対局中に、それで読みが乱れてしまってはまずい。前述の丸山のように、盤面に集中するために食事を多くとるのだ。棋士にとって対局での食事は、難局を乗り切って勝つための重要な問題といえる。
食べても太らない羽生善治らの棋士たち
私がタイトル戦の立会人を以前に務めたとき、保持者の羽生善治九段(50)と夕食の席でよく隣り合わせた。ホテルや旅館のコース料理は豪華で皿数が多いが、羽生は食事からデザートまで、しっかり食べていた。
タイトル戦に登場するほかの棋士たちも、おおむね食事をしっかりとる。それでいて、羽生をはじめとして肥満体形はあまり見かけない。
対局での頭脳労働が、ダイエット効果になっているのかもしれない。