フランスで導入されたコロナ対策の「衛生パス」は戦後最大とも言える抗議の市民デモを引き起こした。もっとも、デモの要因は反ワクチンではない。中には、コロナワクチン反対派もいるが、デモの趣旨は「衛生パス導入の反対」を政府に訴えることである。日本でも議論が始まっているワクチンパスポート導入──。なぜフランス人はここまで怒り狂っているのだろうか。
(永末 アコ:在仏ジャーナリスト)
世界の人が笑うこのジョークをご存知だろうか。
船が沈没しそうになり、乗客は海に飛び込まなくてはならない状況になった。船長は乗客の国籍ごとに違った説得をし、全員を飛び込ませることに成功した。
アメリカ人には「さあ飛び込んでください、ヒーローになれますよ!」
イタリア人には「さあ飛び込んでください、女性にモテますよ!」
日本人には「さあ飛び込んでください、もう皆さん飛び込みましたよ!」
フランス人には「飛び込まないでください!」
座布団(もしくはクッション)1枚送呈したい、各国民の人柄を上手く言い当てたジョークだ。フランス人のオチもまさにそうで、フランス人も笑って納得。フランスは自由の国、個人が尊重される国で、上から強制されることが大嫌いだ。
そのフランスで導入されたコロナ対策の「衛生パス」は、戦後最大とも言える抗議の市民デモを引き起こした。パリ、マルセイユ、リール、モンペリエなどの各都市に加え、中小の街、田舎の広場──。フランス全土の200カ所以上で同時に、それもフランス人にとって人生で一番大切な夏の休暇の真っ最中に、彼らは木陰や海辺のシエスタの寝椅子を即座に畳んで導入反対に立ち上がり、行進し、声をあげた。デモの第1回は7月17日。その後、毎週土曜に全国で開催され、去る9月4日には8回目を迎えた。
間違えてはならないのは、このデモがコロナワクチン反対をうたったものではないということ。中にはコロナワクチン反対派もいるが、デモの趣旨はあくまで「衛生パス導入の反対」を政府に訴えることである。
フランスの市民は分かっているのだ。三度も続いたロックダウンを再び繰り返すわけにはいかない。人とふれあい、街で空の下で生きる日常を取り戻さなくてはならない。経済をこれ以上停滞させて家賃の払えない人や食べられない人を増やしてはならない。レストランやカフェやホテルや映画館や劇場などの閉鎖をこれ以上続けて愛する街をゴーストタウンにしてはならない。鬱の人々をこれ以上生み出し続けてはならない。子供たちをこれ以上家に閉じ込めさせておくわけにはいかない──と。
第4波と、それに伴うロックダウンはどうしても避けなくてはならない。今ある唯一の救いの手が、もしかしたらワクチンなのかもしれない。誰とも会えず孤独に長い月日を過ごしていたお年寄りが、ワクチンにより外に出られるようになり、孫と再会して抱きあえたと喜ぶ姿に、誰が文句を言えよう。
「コロナワクチン接種反対デモ」だったらこれだけの人は集まらないだろう。