役員を外れた後、自腹で運転手と契約し直す潔さ

 私が見聞きして一番残念だったのは、かつて本体の役員だった方が子会社に出向となり、車などの手当てを取り上げられたときの話だ。プロパー社員がみな一所懸命に働いている中、本体からの落下傘社長が「車がない」と文句を言い、手当が済んだ後は「車にテレビがついてない」、さらには「部屋が狭い」とリクエストが尽きなかったという。

 失われた時代を歩んでいる中で、そんな贅沢がどうして言えるのか。彼は、「郷に入れば郷に従え」ということも理解できないほどにバブルの悪しき慣習に心を奪われていた。

 しかし、彼の気持ちも少しばかりは理解できる。黒塗りの車での通勤は、サラリーマンなら誰もが一度は憧れる。強欲な私には、だからこそ危険な匂いがしたのだ。

 きっと、一度手に入れたら絶対に手放したくなくなるだろう。自分の人生一度きり、短い期間の幸運と割り切れても、家族はどうだろうか。ご近所で毎朝車の出迎えの様子を見ると、いまだに「豪勢だなぁ」と思う一方で、「いつかは出迎えも無くなるだろうに、その時は大丈夫なのか」と余計なお節介を焼きたくなってしまう。家族がその姿に慣れてしまうと、いまさら歩いて家を出られなくなりはしないか。

 一方で、私の知り合いで、役員を降りてからも自費でその運転手さんと契約した人がいたが、自分のカネで生き方を貫く姿は、潔いとも思った。