インセンティブ制度の高度化を通じた報酬水準の見直しが重要

 短期インセンティブの水準が低いまま複数の業績評価指標を用いると、それぞれの指標に対するインセンティブが効きづらいという課題が生じます。しかし、水準の引き上げとともに複数の指標を組み合わせることで、受給者にとって報酬的に意味があり、かつ、事業戦略の推進と牽制のバランスの取れた設計が可能となります。また、業績評価の一要素として、近年機関投資家を中心に重視されている非財務業績(※3)を取り込むことも重要な検討事項となるでしょう。

 長期インセンティブ、とくに株式報酬の高度化という意味では、複数の株式報酬の仕組みを組み合わせることが有力な選択肢となります。一口に「株式報酬」といっても、大きく分けて3つの類型があり、それぞれの「インセンティブ効果(業績、株価、株価上昇)」、「リテンション効果(報酬を受け取るのに必要な勤続期間)」のパターンが異なります。

 ベストプラクティスとしては、リテンションと株主との利害共有を重視した「勤続条件型」と業績向上へのインセンティブを重視した「業績連動型」あるいは「ストックオプション」の組み合わせがあげられます。

「業績連動型」では、これまでの株式交付信託(コラムも参照)に加え、会社法改正に伴う会計処理の変更により、今後はグローバル標準の業績評価指標である「TSR(※4)」との親和性も高く損金算入も可能である「パフォーマンスシェアユニット(PSU)」という仕組みが有力な選択肢となっていくでしょう。

<参考資料>
※3:EY「投資家に企業の進化を伝える非財務除法開示とは?」(2017)

※4:Total Shareholder Return「株主総利回り 一定期間の株価上昇率に配当利回りを加えた指標」

報酬委員会・事務局の協働で問題意識の醸成を

 これらの役員報酬の見直しで最も難しい点は、「お手盛り」の防止にあると言えます。CEOをはじめとした執行を担う役員は「利害当事者」です。そのため、これらの見直しは社外取締役を中心とした独立性の高い報酬委員会といった機関で、規律と客観性をもって検討される必要があります。また、報酬水準を欧米企業並みに引き上げるのであれば、その開示の水準も高めていくことが必須となります。有価証券報告書やコーポレート・ガバナンス報告書、事業報告などでの積極的かつ戦略的な情報開示も必要になってくるでしょう。

 報酬委員会の事務局となる担当部門は、これらの最新動向や自社のグローバルでの報酬マネジメント上の課題を把握したうえで、独立取締役に適時・適切な情報提供をおこない、協働して問題解決にあたることが望まれます。

【コラム】「中期計画連動型」の落とし穴

 近年、「業績連動型株式報酬」のひとつである株式給付信託という仕組みを用いた「中期計画連動型株式報酬」の導入企業が増えています。日本の株式報酬を取り巻く規制や手続きの難しさ、煩雑さを縮減するスキームとして、非常によくできた仕組みであることは間違いありません。

 一方で、毎年付与されるパフォーマンスシェアユニットとは異なり、中期計画期間(多くは3年間)の期間固定の仕組みであるため、導入にあたってはいくつかの留意すべき点があります。

・(新型コロナウイルス感染症など)重大な外部要因が生じた場合でも、期中の見直しや業績目標水準の変更が難しい(導入初年度にこういう事態が生じた場合、3年間まるまるインセンティブとして機能しなくなってしまう)

・中期計画期間中の取得株価(原価)が信託設定時の株価に固定される

・期間途中での付与対象者の変更(新任・退任)がある場合、必ずしも長期インセンティブとして機能しない(1年だけ、2年だけの参加となる)

 導入にあたってはこれらの留意点を充分に理解したうえで、設計内容やその他のスキームとの比較・組み合わせを検討すべきでしょう。

著者プロフィール

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス パートナー
リワード&アナリティクスチーム リーダー
野村 有司

大手ベンチャーキャピタル、外資系組織・人事コンサルティングファームを経て現職。人事制度設計、M&A局面における制度統合・HRDD・リテンションプログラム設計、グローバル・ガバナンス設計、従業員意識調査など、広範なプロジェクト経験を有する。特に、リワード(報酬関連)分野においては、役員・従業員、日系企業・外資系企業を問わず国内有数のプロジェクト経験を有し、情報や知見の発信をおこなっている。

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