(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
韓国では、菅総理の人となりについてあまり知られていない。そこで韓国メディアはいっせいに、安倍政権の官房長官時代に日韓関係に果たした役割を中心に、菅総理の対韓姿勢の分析が始まっている。
そうした中で、例えば2015年の慰安婦合意に至る過程で、菅官房長官(当時)は李丙ギ(イ・ビョンギ)大統領秘書室長(朴槿恵政権時)とともに調整にあたっていたが、文政権になってこの合意が一方的に覆されたばかりか、李丙ギ氏が文政権下で逮捕されてしまった一件もピックアップされている。この一連の出来事で受けた失望感、文政権への不信が菅総理の対韓姿勢に強く反映されていると韓国メディアは分析している。
また、「韓国が日本企業の資産現金化を行う場合には報復を行う」と再三言及していることも紹介している。
そしてなにより、官房長官時代の菅氏と安倍総理との深い絆の始まりが北朝鮮への制裁問題だったとして、文政権とは歴史問題以外にも大きな隔たりがあることも指摘している。
中には、菅総理は韓国に対して愛着もあるというエピソードも伝えられているが、韓国のメディア各紙は、これらを総合的に勘案し、菅総理下の日韓関係は、文政権が続く限り厳しい局面が続くことになるだろうと結論付けている。
朝鮮日報は、菅氏に近い消息筋の話として、「菅首相は最初から韓国を刺激する考えはないが、現金化が現実となるか、あるいは(韓国側が)何らかの問題を起こしてくれば、絶対に避けたりはしないだろう」とのコメントを紹介している。
こうした見方はおそらく大きくは外れていないだろう。安倍政権の官房長官を7年8カ月も務めた菅総理が、韓国に対する姿勢を大きく変える理由はどこにもない。日本側に妥協する余地はほとんどない。
他方、文政権が交代し、より現実的、客観的な対日外交を進める政権が誕生する場合には好転の可能性もあろう。こうした分析が現状では最もありうるシナリオではないだろうか。
日韓関係悪化の原因は全面的に文政権に
先ほどの朝鮮日報の記事によれば、菅新総理は先日、「韓日関係悪化の原因は全面的に文在寅(ムン・ジェイン)政権にある」との認識を示したという。同紙は、そこには個人的に「裏切られた」との思いが作用していると分析している。
また中央日報はコラムにおいて、慰安婦合意の経緯について政界筋を引用して次のように述べている。
「菅氏は2015年慰安婦合意の影の主役だった。合意文は当時の岸田文雄外相と尹炳世(ユン・ビョンセ)外相の名前で発表されたが、合意文案を作るまで交渉を指揮したのは首相官邸直属の谷内正太郎安全保障局長だった。ところでこの交渉を積極的に督励して進めていた隠れた主役は菅氏だ。外交当局間の交渉が難関にぶち当たるたびにこれを解決して合意に至るように尽力したのは菅氏だった。これは当時、李丙ギ大統領秘書室長とのホットラインを通じてだった。駐日大使として勤務している時からメッセージをやりとりするほどの関係を築き、これが国家情報院長、大統領秘書室長に職務を移った後も続いた。菅氏は慰安婦合意を大きな成果物と考えて自負心を持っていたが、韓国政権が変わった後、合意が覆されるのを見て大きく挫折した」
李氏が文政権で逮捕拘束され、慰安婦合意が紙切れとなった際、菅氏が激怒したという事実は日本の政界では広く知られている。菅氏は李氏が刑務所に送られると、手紙を書くなどして李氏を慰めているという。
慰安婦合意が紙切れになった後、菅氏の韓国を見る目が大きく変わったことは間違いないだろう。