無駄な戦乱を回避した「日本の発明品」

 これは世界史の奇跡である。なぜなら「革命なき革命」だからである。

 革命には2つの意味がある。1つは、君主制度を転覆すること。もう1つは、社会構造を根本的に変革すること。頼朝は、皇室を滅ぼすことなく、社会構造を根本的に変革した。

 自分が武力で皇室に取って代われば、力を無くしたときに他の誰かが取って代わる。日本以外のほとんどすべての国で、この意味での革命が発生し、ほぼ例外なく地獄のような苦しみがもたらされた。頼朝は朝廷を武力で脅迫して政治的要求を呑ませることもしばしばだったが、そこに留めた。後世の権力者も頼朝を模範とした。その方が自分や子孫の身が安全であり、秩序が混乱しないと身を以てわからせたのである。

 そして朝廷の秩序を壊さず、天皇の権威の下で別の政府体系を打ち立てた。征夷大将軍のような官職を与えられることは、天皇の権威を前提としている。その後の700年間、多くの混乱が存在したが、そのすべてを朝廷は乗り切った。政治の最終的勝利者を認定する役割が、朝廷に残ったからである。

 我が国の歴史に君主制を廃する革命の悲劇はなく、社会制度の矛盾がゆっくり解決されていった。こうした体系を「幕府」と呼ぶ。ちなみに昔は「Military Government」などと訳していたが、今や定訳は「Bakuhu」である。日本にしか無い概念だからである。

 君主である天皇は権威として君臨し、実質的な最高権力は平時の司法権と有事の統帥権を掌握する征夷大将軍が行使する。もし将軍権力が揺らいだ場合は、政治の決着がついた段階で天皇が勝者を認定する。日本の発明品である。この発明品によって、どれほどの無駄な戦乱が回避されたであろうか。

 幕府を考え出したのは頼朝のブレーン集団であり、その筆頭は大江広元である。当時最高の有識者であった広元の考えを頼朝がどれほど理解できたかはわからない。ただ、少なくとも「そこからか!?」と広元を慨嘆させることはあり得なかった。頼朝自身も十分な識見を持っているからこそ、広元のような人物の提言を採用できるのである。

 そして何より、政治家の最大の仕事は人の心を掴むことである。人心を掴まねば政局には勝てないし、政策は実行できない。

 源頼朝は、日本人が誇るべき偉大な政治家である。