(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 安倍首相が辞任を表明した。印象的だったのは、辞任の記者会見で「アベノミクス」という言葉が、一度も出てこなかったことだ。政権の成果として雇用への言及は何度かあったが、金融政策への言及はまったくなかった。これはアベノミクスの敗北宣言だったのかもしれない。

 それに対して安倍首相の後継と目される菅義偉官房長官は、自民党総裁選挙への出馬を表明した9月2日の記者会見で「地方銀行の再編」を打ち出した。これは金融政策の重点が、量的緩和から非効率的な企業の整理に変わり始めたことを示している。

新政権と財務省の「歴史的和解」を

 2012年末に発足した第2次安倍内閣は、すべり出しは順調だった。日銀総裁に黒田東彦氏を指名し、彼が「マネタリーベースを2年で2倍にして2%のインフレ目標を実現する」と宣言したところまではよかったが、この目標は7年たった今も実現していない。

 他方で政権と財務省の関係は、かつてなく悪くなった。民主党政権時代に決めた消費税の増税を予定どおり実施しようとする財務省に安倍首相は抵抗し、2度にわたって増税を延期した。

 このため財務省が財政支出を渋り、安倍政権は金融政策に依存せざるをえなかった。霞が関をコントロールする財務省をうまく使いこなせなかったことが、アベノミクスが空振りに終わった最大の原因である。

 ゼロ金利で有効なのは金融緩和ではなく財政支出だが、今井尚哉補佐官をはじめとする経産省出身の「官邸官僚」は、経済政策といえば給付金のようなバラマキと中小企業保護の産業政策しか知らなかった。

 新政権はこういう官邸官僚を入れ替え、財政で経済をコントロールする仕組みを考える必要がある。財政赤字を絶対悪としてきた財務省も、路線転換すべきだ。政権と財務省の歴史的和解が必要なのだ。