(PanAsiaNews:大塚智彦)
8月17日は、インドネシアにとって75回目の独立記念日だった。今年はコロナウイルス感染拡大防止のため、恒例となっている大統領官邸での盛大な記念式典は大幅に縮小されて実施されたが、その様子はテレビ生中継で全国に放映された。
この記念式典でジョコ・ウィドド大統領は、毎年インドネシア各地の民族衣装を身に付けて臨むのが習わしになっている。それに合わせるように、主要閣僚や大統領警護隊などもそれぞれ色とりどりの民族衣装に身を包んで参加することになっていた。
ただし今年は、式典参加の招待客もなく、ごく少数の参列者で式は挙行されたこともあり、大統領ら数人が民族衣装をまとうにとどまった。
今年ジョコ・ウィドド大統領が着用したのは、インドネシア東部の東ヌサ・トゥンガラ州中南ティモール県の少数先住民族「ブシパエ族」などの伝統的な男性の衣装だった。
その衣装は「イカット」と呼ばれるインドネシア各地に残る伝統的な絣(かすり)の織物で作られている。色とりどりの模様が刺繍された赤地の織物を、頭部、腰、下半身に巻き、上半身は白いシャツの上にチョッキのように掛けているというカラフルなものだ。
独立記念日の式典にこうした各地の民族衣装姿で参列するのは、「多種多様なインドネシアのそれぞれの文化を尊重し、共存を目指す国の姿勢」を示すためと言われている。
インドネシアは約300の民族、約580の言語をバックグラウンドとして持つ人々による統一国家である。そのため同国は、その安定的運営のために国是として「多様性の中の統一」を建国(1945年)当初から掲げてきたし、歴代政権はことあるたびにこの国是を再確認することで「統一維持」に努めてきた。
しかし皮肉なことだが、75周年の節目の今年の記念式典で、なぜ大統領はその民族衣装をチョイスしたのか、さまざまな憶測が飛び交う結果となっている。
インドネシアの主要英字紙「ジャカルタ・ポスト」や国営通信社「アンタラ」、インドネシア語紙「コンパス」、「スアラ・コム」などのメディアが8月19日から22日にかけて相次ぎ報じたところによると、ジョコ・ウィドド大統領がブシパエ族の民族衣装で出席した独立記念式典の翌8月18日、そのブシパエ族の居住地で、地元自治体の担当官や治安当局者によって「強制立ち退き」がなされていたというのだ。
「聖域」である森を巡る争い
報道によると、ブシパエ族のコミュニティーがある同州マヌバン県リナンヌトゥ村近くに「プバブの森」と呼ばれる森林地帯がある。18日にその「プバブの森」からブシパエ族の37家族が強制的に立ち退かされ、家を失うという事態が起こった。しかも、強制立ち退きの際に治安当局は、女性や子供に対して口頭で侮辱し、暴力さえ振るったのだという。
「プバブの森」は先住民たちにとっては伝統的な「聖域」で、そこでの生活は代々の土地と文化を守るための拠り所だった。もちろんこの立ち退きにブシパエ族は猛反発している。それに対し地元自治体は、「故人となったブシパエ族の長老から森林を利用する権利をかつて譲り受けている。そもそも森林は公有地であり、37家族はそこに移ってきた新参者に過ぎない」として、強制立ち退きが正当な権利に基づくものであると主張し、先住民との間で見解の食い違いが浮き彫りになっている。