周庭氏は2012年、愛国教育の義務化に反対したティーンエイジャーたちによる社会運動組織「学民思潮」に15歳で参加し、2014年の雨傘運動のときに学民思潮のスポークスパーソンとしてメディアに登場するようになった。

 学民思潮は黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏のリーダーシップが欧米メディアに大きく取り上げられたが、日本メディアは可憐な少女運動家を好んで取り上げた。彼女自身、日本のアニメやドラマ、音楽を通じて独学した流暢な日本語を話せたことが大きい。雨傘運動後は、政治団体デモシストのメンバーとなり、2019年の香港反送中デモにも参加してきた。

 その可憐な容姿もあって、日本のメディアは彼女を紹介するとき「民主の女神」といった見出しを使った。彼女自身は、その呼び名が嫌だと話していたが、自分のキャラクターが香港問題に対して関心の薄い日本の世論を喚起するのに役立つのであれば、それも自分の使命だと割り切っていたようにも見えた。たいていの取材の申し込みは、媒体の大小、イデオロギーの左右にかかわらず応じていたと思う。

 周庭氏自身は、香港の運動家の中でも比較的穏当な主張の人物で、もともとは香港独立も暴力的手法も肯定していない。香港の民主、自由、法治を守りたいと考え、「自分と異なる意見の人の言論の自由も守りたい」と語り、香港の反共的市民が嫌う比較的新しい中国本土からの新移民も香港市民である、そうした香港市民が香港の未来を選択すべきである、という「香港自決派」であった。ただ、香港警察の暴力がエスカレートするにつれ、デモが抗争的になることへの理解も示していた。

 だが国安法施行直前にデモシストを離脱し、不安も訴えていた彼女は、7月1日の国安法施行後は、比較的言動に慎重になっていた。7月1日以降の彼女の言動のどこに国安法違反の要素があるかはまったく謎である。だがそれでも、彼女は当局から監視・尾行を受けており、恐怖を感じていたという。

 同じデモシストのメンバーで、国安法で逮捕されるならば、一番国際的影響力の黄之鋒氏の方が先であろうと思われていたので、周庭氏の逮捕は意外だった。私だけでなく多くの日本のメディア関係者にとってもショックであったはずだ。

 なぜ周庭氏が黄之鋒氏よりも先に逮捕されたのか、考えられる理由は2つ。

 1つは、香港政府、中共政府が、日本のメディア、日本に対する恫喝、見せしめにするためだ。私たち日本メディアが彼女を「民主の女神」と呼び運動のアイコンとして報じたことが、中共の目の敵にさせてしまったかもしれない、という思いがある。

 国安法の「外国勢力との結託による国家安全危害」には「外国メディアへの協力、取材」を含む、というメッセージを、周庭逮捕によって、日本メディアに突き付けたともいえる。真面目で責任感の強い日本メディアほど、今後、香港市民にコメント一つ取るだけでも、その身の安全を考えて躊躇することになるかもしれない。

 もう1つは、彼女が女性でか弱く見えるので見くびったのではないだろうか。一般に拘置所で厳しい取り調べを受ければ、罪を認めて反省する。その反省の弁を西側メディアの前で本人から言わせれば、中国のプロパガンダに利用できる。このやり方も中共の常とう手段なのだ。