その石原氏は白鵬が憧れていると公言して憚らない双葉山は張り手などしたことがないとして、「白鵬の常套手段である張り差しは横綱の品位を損なう」と批判し、「さらにサポーターをして、相手をかち上げする行為なんていうのも、今までの横綱相撲では考えられない。・・・最高者の品位の問題」(同上誌)と譴責する。

 白鵬は張り手やかち上げが問題にされていた時、記者やカメラマンの前で「禁じ手っていうかね、そういうものでもないわけですからね」と、規則を引き合いに出して応えている。

 ではサポーターについてはどうか、力士規定では〝力士はまわし(締め込み)以外を身につけてはならないが、負傷者のサポーター、包帯、白足袋などは認められる″となっている。

 白鵬は何年も前から右肘にサポーターで土俵に上がっている。横綱の土俵入りではサポーターをはめていないが、本番ではサポーターをはめ、その肘でかち上げしているわけで、規定が認める「負傷者のサポーター」には思えない。

 今場所も土俵入りではサポーターを外しており、動作を見る限り右肘に負傷などの特段の異常があるとも見えない。

 横綱という権威と実力を持った白鵬が、プロレスのエルボ―スマッシュを繰り出して勝ったといわれる汚名だけは自ら撥ね退けてもらいたい。

歴代の名力士たち

 本場所の桝席(1万円以上)に100回以上通ったという評論家の坪内祐三氏は「(白鵬は)素晴らしいとは思うのだが、何かが、一つ足りないのだ」(『Hanada』 2019年4月号)とし、「『何か』とは『銀幕感』」としている。

 坪内氏は横綱になるかと思えばなれないハラハラドキドキさせた稀勢の里や悪役的な朝青龍を「銀幕スター」とみなし、記録づくめの白鵬を「Vシネ・スター」と見立てる。

 当初は白鵬を応援していた坪内氏である。その白鵬をカモにするのが稀勢の里で、双葉山の連勝記録に迫っていた白鵬を63で止めたのも稀勢の里であったから、稀勢の里にほれ込んだというわけである。

 石井代蔵氏は『真説大相撲見聞録』で、相撲が「鍛錬の武技」から「およそ千六百年をかけて孜々営々と磨き築かれた日本伝統の『見る戦場芸術』となり、・・・さらに「壮烈悲壮の戦場美を『力士』の姿で円形の土俵に凝縮した日本人悠久の『生きる文化財』」になったと称え、「力士の髷や仕切り、塩まき、横綱土俵入り、屋形四隅の房など、スポーツには無用と思える古きよき様式(伝統)こそ『生きる文化財』、相撲の『鑑』だとしている」という。

 昭和20年代から大相撲を見続けてきたと自負するジャーナリストの皿木喜久氏は石井氏の著作を引用して、昭和の大相撲には「鍛錬の武技、見る戦場の芸術、生きる文化財が引き継がれていた」と述べ、思いやりの双葉山、2分32秒のがっぷり四つを演じた栃錦・若乃花、大鵬もつり出した「起重機」明歩谷、黄金の左腕・輪島、粘り腰の大関貴ノ花(横綱貴乃花の父)らを土俵の名優として列挙する。