ホロコーストの記録『夜と霧』はコロナ時代を生き抜くためのヒントがつまっている

(近藤慎太郎:医師兼マンガ家)

 みなさんは、『夜と霧』という本を読んだことがありますか?

 著者のヴィクトール・E・フランクルは1905年に、オーストリア・ウィーンのユダヤ人一家の間に生まれました。ウィーン大学医学部を卒業後、ウィーン市立精神病院などを経て個人病院を開業した、前途洋々の心理学者、精神医学者でした。

 しかし、第二次世界大戦中の1942年9月、37歳のときにナチスに連行され、強制収容所に抑留されてしまうのです。

 みなさんご存知の「ホロコースト」は、第二次世界大戦においてナチスが多くのユダヤ人を虐殺した、人類にとって最大レベルの負の歴史です。著者もまた、その被害者の一人でした。

 両親と兄、結婚してまだ9か月の妻も連行され、著者以外はみな収容中に死亡しています。

 しかし著者だけが、数奇な運命のいたずらによって、まさに奇跡的に生還したのです(詳細は読んでご確認ください)。

コロナにおびえる今だからこそ響く

 この本は、そんな著者による、悪名高きアウシュヴィッツなど複数の強制収容所の収容経験を記録した、奇跡の一冊です。

 読売新聞が2000年に行った「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」にも選定されており、ロングセラーになっています。

 なぜ、私が「今こそこの本から学びたい」と思うかと言えば、現在、やはり困難な状況に置かれている私たちに、ガンガンと響いてくる有益な言葉があふれているからです。

 もちろん、いくら困難と言っても、私たちの状況と、乏しい食料で、監視兵から日常的に虐待されながら、日々過酷な肉体労働に明け暮れる収容所生活では、レベルがまったく違います。

 しかし、私たちの状況の知見を収容所生活に生かせはしなくても、収容所生活の知見を私たちの状況には生かせるはずです。それが、本書をお勧めする理由です。

 邦題のタイトルにある『夜と霧』は、アドルフ・ヒトラーにより発せられた、いわゆる総統命令の一つです。

 ユダヤ人や、ナチスに反する思想や政治信条を持つ人たちを、「夜と霧に乗じて」人知れず連行せよという命令です。実際に当時は、一夜明けると、目をつけられていた一家全員が知らないうちに消え去っていた・・・ということもあったようです。とても恐ろしい話だし、それをあえて命令の名前につけていたという神経も理解できません。

 一方、原題は『心理学者、強制収容所を体験する』です。その名の通り、少壮の心理学者であった著者が、強制収容所に収容された人々の生活や心理状況などを、できる限り客観的に、そして公平に描写することを目的としています。

 やろうと思えば、ナチスによる迫害を念入りに描写し、もっと扇情的で、ドラマティックな内容にすることもできたでしょう。しかし、著者はそれをあえてしませんでした。あくまでも心理学者としての矜持と、一抹の好奇心を持って、状況をひたすら冷静に分析しようと努めました。そしてそれは、後述するように、著者が過酷な収容所生活を生き抜く上での原動力にもなったのです。

 本書によれば、収容所生活を耐え抜くために必要なこととして、大切なポイントがいくつか挙げられます。