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「フラクタ」の台湾人、マレーシア人スタッフと加藤さん(加藤さん提供)

(文:加藤崇)

 かつて共同創業したヒト型ロボットベンチャーをシリコンバレーの巨人「Google」にM&A(合併・買収)で売却したときにも、僕は交渉の最前線に立った。1日4時間の睡眠時間で4カ月間休みなく交渉し、最終的に望むべき交渉成果を手にしたのだった。

 M&Aなどの交渉の世界では、実際の価値よりも、買い手にとっては安く、売り手にとっては高く、ということがまま起こる。そんな時に交渉のプロが自らのテコとして使うのが、「情報の非対称性」の現象だ。売り手と買い手それぞれの情報のズレが、「価値判断のズレ」に繋がると、取引価格が大きく揺さぶられるのだ。

情報を隠しても法律には違反しない

 売り手はできる限り、取引価格の引き下げに繋がる情報を開示しない。買い手の買収監査(デューデリジェンスと呼ばれる)に対しても時間を制限し、不利な情報が発見されぬよう、悪い意味で最善を尽くす。

 たとえばある家(土地・建物)を買ったら、地下に爆弾が埋まっていれば、買い手は、いつその家が吹き飛ぶかというリスクを抱えた状態で住むことになる。

 買い手は買い手で、現時点で売り手が気づいていない本質的な、ないしは長期的な価値について、無知な売り手が現時点で求める価格(つまり割安な価格)で早期に取引をまとめようとする。

 僕もビジネスマンとして、こうした悪意あるゲームが積極的に展開されるのをこの目で見てきた。法律的には違反しておらず、道徳的に悪意があったとしても、残念ながらどんな場合も時間を巻き戻すことは叶わなかった。

 こうした現象は、騙し騙されの経済ゲームを是とすれば、また競争で範囲の拡大が見込めるとされる資本主義経済を是とすれば、ある意味では消極的に看過されるべきものであるかもしれない。

 しかし、国家や地方行政の運営にそれを当てはめていいのだろうか。

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