日本の「国民食」誕生を支えた気配りのレシピ

『国民食の履歴書』で食の伝わり方を味わう

2020.02.21(Fri)漆原 次郎

伝え手の「気配り」で料理の結果は変わる

 興味深かったのは、料理法の伝え手の「気配り」を感じさせるレシピが散見されたことだ。

 たとえば、マヨネーズが「マイナイソース」とよばれていた1920(大正9)年に発行された『家庭料理講義録』には、そのマイナイソースのレシピがある。下記は著者によるレシピの要約である。

・酢、卵黄、砂糖、塩、胡椒を大皿に入れ、フォークかスプーンですり混ぜる。
・サラダ油二滴落として二分間混ぜる。
・サラダ油三滴落として二分間混ぜることを四回繰り返す。
・サラダ油大さじ二分の一杯を入れて二分間混ぜることを八、九回繰り返す。
(以下略)

 ほかのレシピでは「油を一滴ずつ落としながら、ずっと攪拌し続ける」などと記されるが、それだと一人で調理する場合、両手が塞がってボウルを抑えることができず、難しい。その点、著者は『家庭料理講義録』の伝え手を「非常に気配りが行き届いた方でしょう」「このレシピだと『サラダ油二滴落として、二分間混ぜる』を繰り返すのですから、一人でもできます」と賞賛する。

 他方、同じマヨネーズでも1939(昭和14)年発行『糧友』での満蒙移住予定者向けレシピには、この作業について「食油を少しづゝ流し入れ」としか書かれていない。著者は「初心者にはこの『少しづゝ』がまさか『一滴、一滴落として』とは思わないでしょう」「多くの失敗分離マヨネーズを生み出したと思われます」と酷評する。

 料理する人の姿を想像しての「思いやり」が、レシピの記述ではいかに大切なことか。

「犠牲を払ふつもりで」との注意書きも

日本の国民食のひとつ、焼き餃子。手づくりのためのレシピが国民食化に貢献した。

 究極の優しさあふれるレシピが餃子の章に見られる。1926(大正15)年に山田政平という料理講師が著した『素人に出来る支那料理』では、鍋に油を引いて餃子を焼く方法が一通り示されたあと、こんな注意書きに出くわす。

 注意 この方法でしたものは一番美味しいのですが、加減を筆で伝へることは到底不可能ですから、小さなフライ鍋か何かで、少し犠牲を払ふつもりで習得していたゞく外はありません。

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