金敬姫氏の毒殺直後、その招待所に派遣され、治療にあたっていた烽火診療所(金一族だけが治療を受けられる北朝鮮の最高の施設の病院)の医師や看護師ら、補佐していた秘書、また招待所を警備していた護衛司令部の警備兵らがガス爆発を装って、皆殺しにされてしまったのだという。もちろん「金敬姫氏の毒殺事件」を覆い隠すためだ。

 だが、用意周到な“殺しの作戦”も、結局は市民にばれつつあるのだという。

 叔父・張成沢氏の処刑に加えて淑母・金敬姫氏まで処刑したという噂が、ジャンマダンにまで広まると、民心は険しくなるに違いない。動揺する民心を鎮めるためには、金敬姫氏が生きていることを示してやればいい。そこで、突如、“代役”金敬姫の姿を披露するに至ったのだ。そうすることで、張成沢の処刑には、妻・金敬姫書記も同意(黙認)していたのだ、と印象付けることもできる――そんな計算が働いていたに違いない。

 だが、“代役”金敬姫については、すでに平壌では「偽物」との噂がかなり広がっているようだ。こうなると、金敬姫の影武者を引っ張り出してきたのは、金正恩委員長にとって大失敗ということになる。この代役の事実が知られれば、北朝鮮市民の怒りはさらに増し、金委員長に対する信頼も大きく毀損するのは間違いない。

 このように近親者を殺害するのは、自らの権力にとって代わる可能性のある人物を排除するために、独裁国家では珍しいことではない。

叔父・金平一駐チェコ大使を召還した理由

 北朝鮮からは昨年11月にも、金委員長のある近親者について、新たな動静が伝わってきていた。やはり叔父にあたる金平一(キム・ピョンイル)氏についての動きだ。

 北朝鮮当局は去年11月、駐チェコ大使だった金平一氏を本国に召還した。金平一氏は、金日成主席と二番目の夫人・金聖愛(キム・ソンエ)氏との間に生まれた。金正日総書記とは腹違いの兄弟で、金正恩委員長には叔父だ。金正日総書記によって排除の形で海外に出させた(送られた)後に、ハンガリー大使を皮切りに、ブルガリア、フィンランド、ポーランドの大使を歴任し、約37年間も本国に戻ることができなかった。この間、父親である金日成主席が亡くなっているが、その際にも北朝鮮に入ることができず、父親の葬儀に参列することも叶わなかった。

 北朝鮮当局は、昨年の金氏の召喚理由を明らかにしていないが、北朝鮮を脱出して海外に亡命した高位脱北者らが、金平一氏を亡命政府指導者に推戴するために彼と接触しようする動きがあり、これを察知した北朝鮮指導部が強制的に送還させた、とする分析が最も有力視されている。であれば、金平一氏はおそらく、二度と国外に出ることはできまい。

 万が一、国内でクーデターなどが起こった際、反乱分子の旗頭に推されそうな腹違いの兄弟や叔父などを、金正恩委員長はことごとく排除している。それを考えれば、今後の金平一氏にとって最も良い待遇は、母親・金聖愛氏と同様の「終身軟禁生活」ということになるだろう。

 こうして親族を次々と排除している張本人・金委員長も、彼らの心の内の怨嗟の声を感じているに違いない。そのプレッシャーも、彼の健康状態に影響しているのかもしれない。