マスクをして買い物をする武漢市民(写真:ロイター/アフロ)

(福島 香織:ジャーナリスト)

 郵便局で友人が、中国の家族に荷物を送ろうとしている中国人同士の会話を偶然聞いた。

「(荷物の内容物記入欄に)マスクって書かないと届けてもらえないよ。(荷物の殺到で宅配機能が)パンクしていて、普通の荷物は後回しにされるんだって。でもマスクなら緊急物資として優先的に輸送してもらえるんだって」と1人が言うと、その相方が「え、マスクって書いたら、役人が没収するらしいよ。医療機関でもマスク不足しているらしいから、個人用のものは、宅配途中で差し押さえられるらしい」と答えていた。中国国内の混乱状況を彷彿させる会話だったという。

重慶市のマスクを大理市が横取り

 一応、中国の税関当局としては個人用の荷物が税関で「徴発」(=徴用)されることはない、とアナウンスしているが、県レベルで、仁義なきマスク争奪戦が展開されていることは、BBCなど一部海外メディアでも取り上げられている。

 たとえば雲南省大理市のマスク徴用事件。

 重慶市の防疫工作指導チームが大理市衛生局宛に出した「徴用物資返還を求める書簡」によれば、重慶市当局が雲南省瑞麗経由で国外から購入したマスク600箱が宅配業者によって輸送される途中、大理市を通過した際に差し押さえられた。大理市衛生当局は2月2日までに「応急処置徴用通知書」を発布しており、重大突発性公共衛生事件Ⅰ級状態により市内の防疫物資が極度に不足していることから、防疫物資の「緊急徴用」を実施すると宣言。そこで大手宅配企業の雲南順豊大理支社が扱う防疫物資貨物の徴用を決定したという。1年以内に本来の所有者から申請があれば保障に応じる、とあるが、重慶市にとってもマスクは今すぐに必要な緊急物資である。大理市衛生当局による差し押さえは、重慶市としても黙っているわけにはいかなった。

 大理市の“緊急徴用”と言う建前のマスク強奪はかなりアコギなやり方のようで、ほかにも湖北省黄石市、四川省成都市、浙江省慈渓市がやはりマスクを輸送中に徴用されたことがわかっている。中でも黄石市は感染の中心地である武漢から100キロほどのところにある重篤感染地域で、患者数は大理市の100倍近い。防疫物資をより必要としているのは大理市より黄石市ではないか、とネットでも大理市へのバッシングが広がった。

 大理市は非難をやり過ごそうと中国メディアに対して「(徴用したマスクは)すでに重篤感染地域の第一線に送られている」と言い訳した。だが、ネット民の“捜索”により、大理市が同市の不動産業協会に3万個のマスクを分配していたことが判明。医療関係者や疑似感染者介護にあたる一般庶民ならいざ知らず、不動産協会といういかにも市当局と利権関係がありそうな金持ち業界団体に優先的にマスクを渡したのではないか、とさらに大理市への風当たりがきつくなった。