第一三共がわずか6年で売却せざるを得なかったのは、ランバクシー社のずさんな生産管理体制が発覚したためだ。開発に成功すれば利益率が非常に高い新薬と違い、ジェネリック医薬品は利幅が小さい。そのため、製薬会社としても極力製造コストを下げるという強いインセンティヴが働く。その結果、生産技術向上や品質管理厳格化のための設備投資などがおろそかにされやすい。実際にエバン氏の取材でも、製剤への不純物混入やいいかげんな無菌管理、老朽化した設備など、製造工程の品質管理に大きな問題があることが明らかにされた。
このような医薬品生産工場の現場をチェックするために、「US FDA」は査察官を海外派遣して、インドや中国の現地での立ち入り調査まで行っている。しかし、米国内で行われるような抜き打ち調査ではなく、査察期間の事前通告が行われ、また調査期間も限られている。このため、予定を聞いた工場側が事前に準備して、不具合の部分を隠して整った設備だけしか見せなかったり、不都合なデータを改ざん・偽装したりすることも日常茶飯事だという。
査察官は接待漬けに
それだけでなく、査察官にレポートを甘く付けてもらうため、懐柔策としてゴルフや買い物、有名観光地に豪華タクシーで案内、高級ホテルを用意、などなど接待漬けにしている実態も暴露された。医薬品の安全性や品質確保のための海外査察を口実にした観光ツアーに堕していたのだ。「US FDA」による査察を抜き打ちで行う試みも一時的に行われたが、各方面から圧力を受けうやむやとなり、近年ではジェネリック医薬品の製造販売数が年間1000品目以上に増えているのに海外査察件数が低下していることも報告されている。
ランバクシー社などの品質問題が取り沙汰されたのは5年以上前の話だから、今は対策が取られて改善したのでは、と考える向きもあるだろう。しかし、冒頭にご紹介したとおり、ジェネリック医薬品での発がん性物質混入による回収騒ぎが2018年から2019年にかけても相次いでおり、露見するのは氷山の一角に過ぎないとも考えられる。
エバン氏らが2019年10月末に発表したレポートでは、直近の過去数年で「US FDA」により行われた工場の査察において、何らかの違反が同定されるのは米国国内では15%程度だが、インドや中国の工場では少なくともその倍の約3割にも及び、依然として品質管理に疑問の残る状態が続いているという。
また、『ブルームバーグ』の記者もこの問題を追及しており、冒頭の高血圧治療薬「バルサルタン」での発がん性物質混入には、中国上海近郊のジェネリック医薬品メーカーが関与していたことが明らかにされている。製造コストの抑制のために工程で用いる溶媒に加えられた変更が原因となっており、品質管理もずさん、規制当局の査察も適当なまま承認販売され、世界中で汚染された製剤が何年も流通し、事後に問題が発覚した、という図式なのだ。
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