それから間もなく、1720年のことです。イギリスで、有名な南海泡沫事件が起きてしまいます。バブル経済の崩壊です。

 これによりロンドンの証券市場は崩壊します。コーヒーハウスの人々には、これが大きなチャンスとなりました。事態収拾の一環として、議会は保険引受業務を勅許を受けた2社のみに限定することにしました。これにより、それ以外の保険会社は淘汰されることになりましたが、ロイズ・コーヒーハウスの面々は会社組織ではなかったため、ライバルがいなくなった中で、保険引き受けを継続することができたのです。

 さらには勅許を受けた2社が、その後、海上保険から撤退し、火災保険に軸足を移してしまいます。海上保険はロイズが独占するようになるのでした。こうしてロイズは巨大な保険市場となっていきます。

ロンドンのロイズ保険ビル

「蒸気船」出現で増す貿易量

 もう1つの歴史は、蒸気船の登場です。初めて蒸気船が実用化されるのは1807年のイギリスです。ここからイギリスの海上貿易は、急激に発達していきます。

 そうなれば、海上保険の需要はますます高まります。同時に、大数の法則が利用され、保険の仕組みもどんどん精緻化されていきます。こうして近代的海上保険がイギリスで発達していったのです。

 蒸気船による活発な貿易と、それを支える保険の仕組み。これを両輪としてイギリスは、当時のグローバルビジネスの覇権をがっちり握ったのでした。イギリスは産業革命によって世界最初の工業国となり、経済力を伸ばしますが、それだけではなく、近代的保険というリスクヘッジの仕組みがあったということも、忘れてはならないでしょう。