一般には、近代的な意味での最初の保険は、14世紀中頃のジェノヴァではじまったとされます。実際、ジェノヴァでは保険条例が定められ、海上保険証書も発行されています。この保険の内容は、航海が失敗した時には金融業者が積荷の代金を負担するが、航海が成功した時には船主・荷主の側が金融業者に手数料を支払う、というものでした。これが近代的な保険の起源とされています。

 ただし当時の保険は、手数料(保険料率)の算出に、確率論を応用していませんでした。したがって、このジェノヴァの保険システムも精緻さという点では、現代の保険とはずいぶん差があるものでした。

「事業の永続性」と「大数の法則」

 確率論の基本定理の一つに、「大数の法則」があります。これは、たとえばサイコロを1回振ってみてどの目が出るかは全くの偶然ですが、無限にサイコロを振っていけば、1から6まで、それぞれの目が出る確率は6分の1に限りなく近づいていく、というものです。この法則は1713年にスイスの数学者ヤコブ・ベルヌーイによって発見されます。この定理が、保険理論にはなくてはならないものになっていきます。これにより保険料の算定に、きちんとした統計的根拠が備わるようになっていったのです。

 ところで現代社会では、会社はずっと続くということが前提とされています。だからこそわれわれは、企業間の取引を行うことができます。しかし、このように「事業の永続性」というのは、近代の産物であり、比較的最近生まれたものなのです。

 例えば中世のヨーロッパでは、遠方との貿易のようなビッグビジネスにおいては、企業は一回かぎりの事業のために設立され、その事業が終わったら解散されるものでした。事業の永続性はなかったのです。そのために、大数の法則が成り立つような取引は成立しなかったのです。

 保険のシステムというのも、この事業の永続性と大きく関係しています。

 事業に永続性があると考えられるからこそ、経営者は、長期的にものごとをとらえようとします。たとえば、ある海上ルートを1回だけ通った時、途中で難破する可能性が20%あったとします。金額にもよりますが、この時は「保険はかけない」とする決定が合理的なように思われるかもしれません。

 ところが、絶えずこのルートを通るということになれば、航海に海上保険をかける方が合理的な行動になります。事業が永続的であればあるほど、保険によってリスクをヘッジすることのメリットが強まるのです。

 事業が永続的になるのは、より正確には永続的であると期待されるようになるのは、国によって、また業種により多様であり、簡単に判断できることではありません。海運業や貿易に限定して考えたとすれば、国際的な「定期航路」が明確に形成される19世紀後半になってからのことであったものと思われます。

 おそらくこの頃に、海運業において、海上保険の役割が大きくなってきたものと思われます。蒸気船の使用によって定期航路の規模が拡大し、使用される船舶数が急速に多くなったため、事故率は、大数の法則に従うようになってきたと推測することができるでしょう。

 ここでようやく、統計学的手法により、リスクをヘッジすることが可能な社会が誕生したのです。

「政治算術」

 17世紀後半のイギリスでは「政治算術」という研究が発展しました。

 政治算術とは、言ってみれば「国家の解剖学」ですが、統計学の嚆矢とも言えます。国家の成り立ちを、一つの生命体を解剖するように、バラバラにして分析し、数値を用いて国家の未来を予想するという手法です。その代表的な担い手が、ずばり『政治算術』を著したウィリアム・ペティでした。彼は医師でもありました。当然解剖学の知識もあります。医学の知識をベースにして、国家をも解剖しようとしたのです。

 このような思想が発展した背景には、世の中の動きを数量化して観察しようという機運の高まりがありました。