(文:軍司泰史)
フランスのジャック・シラク元大統領が9月26日、死去した。享年86。
2011年に認知症を患っていることが報道されて以降、公の場にはほとんど姿を見せなかったため、日本では忘れかけられていたかもしれない。
だが、シラク氏は日本の大相撲を愛し、生涯で40回以上訪日した「熱狂的な」(フランス外交官)日本ファンであり、欧米では突出した知日派指導者だった。シラク氏が大統領だった1995~2007年に、日本とフランスの距離は格段に縮まった。
全力士の成績をエリゼ宮に
筆者が覚えているのは、1998年の年明けにエリゼ宮(大統領府)で開かれたジャーナリストとの新年会だ。このときシラク大統領は、その年の4月下旬に訪日することを自ら公表した。公式訪問である。
通常、元首の公式訪問は当事国の外交当局が綿密に連絡を取り合い、日程発表のタイミングを計るのだが、どうやら口を滑らせてしまったようだった。あっけにとられていたわれわれ日本人記者団に近づくと、大統領はこう一気にまくし立てた。
「訪日は間違いない。1年に1度は日本へ行かないと心残りだからね」
この率直さが、シラク氏の持ち味であった。
愛犬に「スモウ」と名付けるほどの大相撲ファンであったことは、よく知られているが、在日大使館に勤務していたフランス外交官は、もう1つのエピソードを打ち明けている。1995年、シラク氏が大統領に就任した直後の話だ。
「東京に赴任した外交官には特命任務がある。大相撲が開かれている間は、取組が終了し次第、中入り後の全力士の成績をエリゼ宮にファックスしなければならない。しかも、決まり手を添えて。これを怠ると大統領はすこぶる機嫌が悪い」
まだ、インターネットが十分に普及していなかったころだ。だが、シラク氏はエリゼ宮にあって、日本の大相撲の結果をほぼリアルタイムで知り尽くしていた。
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