グレープフルーツを食べる人、20年で激減していた

消費量激減で家計調査の品目から消滅も

2019.09.06(Fri)佐藤 成美

本場フロリダでも生産量は減少

 グレープフルーツは、18世紀に西インド諸島でブンタン(文旦)の一種が突然変異してできたものといわれる。ブドウの房のようにたくさん実がつくことからこの名前がついた。19世紀に米国フロリダに導入され、19世紀の終わりごろから本格的な商業生産が始まった。

 日本では年間を通して出回っているが、5月から11月ぐらいまでがフロリダ産で、12月から4月ぐらいまでが南アフリカ産になる。かつては輸入品のほとんどが米国産だったが、いまは南アフリカ産のほうが多くなっているのだ。2018年の輸入額では、南アフリカ共和国が約40%を占め、米国が約35%、次いでイスラエルが約15%と追いかける。

 近年、フロリダでは病気などにより伐採する木が増え、グレープフルーツの生産量が減っている。追い打ちをかけるように2017年、ハリケーンがフロリダの農家を直撃し、グレープフルーツの出荷量が激減した。世界的にグレープフルーツ果汁も不足し、価格も上昇した。これらもアメリカ産の輸入の減少に影響している。

白っぽいホワイト種(左)と赤色のルビー種(右)のグレープフルーツ。

 グレープフルーツには、果皮が黄色く、白っぽい果肉のホワイト種、果肉が赤身を帯びたピンク種、赤色のルビー種、深紅色のスタールビー種などの品種がある。また、ブンタンとグレープフルーツをかけあわせた緑色の果皮の「スウィーティー」や「オロブランコ」なども出回っている。ホワイト種には酸味や苦味がややあるが、ルビー種やスイーティーなどの新品種は酸味や苦味が弱く、ほんのりした甘さが特徴だ。

 かつては輸入されるグレープフルーツの9割がホワイト種だったが、いまはホワイト種とルビー種などが半々くらい。そのため年齢層によって、グレープフルーツのイメージは異なるかもしれない。

昭和時代、大衆化で一時代を築くものの・・・

 日本には、大正時代初期にグレープフルーツが導入されたが、気候が栽培に向かず定着しなかった。昭和初期になると輸入されるようになったが、その量はごくわずか。当時はバナナなどとともに「高級フルーツ」としてもてはやされていた。半分に切ったグレープフルーツの真ん中に真っ赤なチェリーが乗り、ブランデーをかけて食べるおしゃれな食べものだった。

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