インドネシアで武器や爆弾を所持できるのは本格的なテロ組織と治安部隊だけであり、チンピラや不法集団程度では火炎瓶、刃物がせいぜいである。つまりプロボカトールは退役したかあるいは現役の警察官、兵士ないしその関係者であることが大半であるのだ。

 目つきが鋭く、短髪で体格も引き締まり、符丁を用いた独特の会話などがプロボカトールの特徴とされ、武器の入手が容易であることも警察官・兵士が「扇動役」を果たしているとされる裏付けとされる。

大統領再選への抗議デモで6人死亡 インドネシア首都

インドネシアの首都ジャカルタで、抗議デモの最中に群衆によって火を付けられた車両の残骸(2019年5月22日撮影)。(c)BAY ISMOYO / AFP 〔AFPBB News

 もちろん黒頭巾やマスクで人相を隠し、正体は絶対に暴露されない細心の注意をしているので、プロボカトールが逮捕されることもその正体が明らかにされることもない。

 タナアバン地区では21日の午後9時過ぎには一般のデモ隊は解散したが、その後深夜にかけて突然現れた約100人が過激な行動に出て騒乱状態に陥ったといわれ、この集団がプロボカトールに率いられた一群だった可能性が極めて高いと指摘されている。

イスラム教徒一部の先鋭化

 デモには多数の白装束に身を固めたイスラム急進派の人々も多く参加していた。その多くは「イスラム擁護戦線(FPI)」に所属する人々で、指導者のハビブ・リジック・シハブ師はポルノ法違反などで容疑者認定されて、現在サウジアラビアに「逃亡中」だがプラボウォ氏とは懇意。プラボウォ氏は選挙期間中「大統領になったら指導者を迎えに行く」とまで公言していたほどの仲である。

 今回の大統領選を通じてインドネシアのイスラム教が二分化されたとの指摘があるが、それはあくまで旧来からの「穏健派と急進派」という構造がより鮮明化し、急進派がさらに先鋭化したというのが正しい見方だろう。

 プラボウォ支持派はFPIや若者層に「強いイスラム」、そして最終的には「イスラム中心の社会改革実現」を目指し、現在スマトラ島北部のアチェ州でしか適用されていないイスラム法(シャリア)の汎用を企図しようとしていた。

 だがそれは大多数を占めるイスラム穏健派には受け入れらないことで、特にジョコ・ウィドド大統領と組んで副大統領候補となったマアルフ・アミン氏はイスラム教穏健組織を束ね、一致団結させる重要な役割を果たしたといえる。

 従って21、22日の大規模デモに参加したのはFPIを中心とする一部急進派に留まり、イスラム教徒を糾合するような大規模な運動には宗教的な面でも発展しなかった。

 そういう意味ではジョコ・ウィドド大統領が次の5年間で修復しなくてはならない国の分断化は一部先鋭化したイスラム急進派を抑えこみながら多数のイスラム穏健派と社会的少数派といわれる国民の間で鮮明になった2極分解である。

 国是「多様性の中の統一」そして「寛容」が宗教的、民族的、性的少数者などへの普く倫理規範ではなく、イスラム教徒によるイスラム教徒のためのものになり下がってしまった実情をどう解決していくかが問われることになるといえる。

急務の課題は両者の「和解」

 デモ参加者に現金の封筒を配った黒幕は誰なのか、投石用の石や瓦礫を積んだ車はプラボウォ氏が率いる「グリンドラ党」の医療支援車だった。開票結果発表前に押収された投票前の大量の投票用紙の宛先はグリンドラ党関係者だった。

 プラボウォ氏は陸軍時代、民主化運動活動家を拉致、拷問した秘密部隊「バラ部隊」に関わっていた疑いで陸軍を追われた経緯があり、当時の関係者がプラボウォ氏周辺で暗躍して「汚れ仕事」や「闇の任務」を請け負っているといわれている。

 こうしたことから今回の騒乱状態の背後関係は、大方の予想は「プラボウォ氏」とされている。しかし、実態はプラボウォ氏の思いを忖度した周辺で暗躍する退役あるいは現役の治安関係者とみるのが妥当である。

 それだけにユスフ・カラ副大統領らが中心となって仲介中とされるジョコ・ウィドド大統領とプラボウォ氏の直接会談による「和解(リコンシリアシ)」で事態の収拾を図ることが目下の急務であり、その実現が新たなジョコ・ウィドド大統領の船出に灯る赤信号を、青信号に変える重要な契機となることだけは間違いないだろう。