仕組み預金には、そのほか、豪ドルや南アランドなどドル以外の通貨を使用するもの、預け入れ通貨とは別の通貨で運用するもの、利息だけを円で受け取るもの、満期が延長されるものなど色々ある。そのほとんどが前記2種類の仕組みを少し変えただけで、顧客に(実質的に)オプションを売らせ、オプション料の一部を還元して、高利回りを実現するものだ。
低金利というビジネス環境下、公的資金注入後の経営健全化計画の収益目標達成が至上命令だった銀行は、預金に限らず、顧客に為替や金利の博打を張らせる毒饅頭(デリバティブ商品)の製造・販売にまい進したのである。
過度だったリスクテーク
こうしたデリバティブ商品の考案は、金融の実務家でない限り不可能で、ゴーン氏のケースも含め、すべて銀行の提案によるものと断言して間違いない。
そしてリーマンショック後の急激な円高で、それらが軒並み爆発し、訴訟ラッシュになった。大型案件だけでも、駒沢大学がBNPパリバ証券やドイツ証券に約170億円の損害賠償を請求した訴訟、サイゼリヤがBNPパリバに168億円を求めた訴訟、兵庫県朝来市がSMBC日興証券と三井住友銀行に4億8000万円を求めた訴訟など、枚挙にいとまがない。
また三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)やモルガン・スタンレーMUFG証券などと多額の為替や株のデリバティブ取引をやっていたジーンズメーカーのエドウィンでは、財務担当役員が2012年に自殺し、会社は伊藤忠商事に買収された。
こうした仕組み金融商品の場合、最悪でも元本を失うだけで済むのが普通で、担保不足で取引の付け替えなどという話は出てこない。しかし、ゴーン氏の場合、自己資金ではなく、新生銀行からの借入れで預金をし、しかも3倍のレバレッジをかけて多数のオプションを売っていた。贅沢な暮らしや、この前後の離婚による財産分与、16億円ともいわれるクルーザー購入、息子の会社を経由した30億円前後の投資などで、莫大な報酬のわりには手持ち資金にあまり余裕がなく、自己資金を使わずに大きな儲けを狙いたいゴーン氏の思惑と、なるべく多くのデリバティブ取引で手数料収入を極大化し、融資の金利も稼ぎたい新生銀行の思惑が一致した結果だろう。これが傷口を大きくし、新生銀行も融資焦げ付きのリスクに直面して、日産自動車への付け替えをするに至った。
デリバティブを組み込んだ投資商品が一概に悪いというわけではない。拙著『巨大投資銀行』<角川文庫>上巻286~293ページには、ドル建て債券に投資する日本の機関投資家が、ドルのプットオプションを買って、最低限の円建て利回りを確保し、かつドルのコールオプションを売って、プットオプション購入費用を補てんする場面が出てくる。これは円安で円建て投資利回りが無限大になるメリットを捨てることで、最低限の目標利回りを確保する「カラー取引」(リターンが一定の上下幅に限定されるキャップとフロアーの組み合わせ)だ。デリバティブも賢明に使えば有益である。
ゴーン氏の場合、残念ながら、リスクテークが過度だった。新生銀行の仕組み預金は、ある程度の円高になっても(オプションのストライク・プライスの)100円程度でドルが買え、円高にならなくても(数パーセント程度と推測される)高金利がもらえる「ドリーム・スキーム」のはずだったが、リーマンショックによる想定外の円高で、ゴーン氏にとっても、新生銀行にとっても、悪夢になったのである。