これほど日本人がカレー好きなのにはワケがある

日本のカレー文化と江戸の食生活の関係とは?

2011.03.28(Mon)澁川 祐子

 ちなみに福神漬がカレーの薬味の定番となったのは、1902~1903(明治35~36)年頃。日本郵船の1等船客用の食堂で、カレーの薬味として出していたチャツネがなくなってしまい、急場しのぎで福神漬を添えたところ、これが評判になったのが始まりと言われている。

カレーうどん、カツカレー、カレーパン・・・

 また、カレーを使った新たなメニューも数多く誕生した。

 中でも最も早く考案されたのは1904(明治37)年頃、東京・早稲田の「三朝庵」によるカレーうどんだ。

 「ご飯にカレーがのっているなら、うどんにカレーがのっていてもおかしくないはずだ」という発想で、鰹節と醤油のダシ汁にカレーを加え、片栗粉でとろみをつけるという調理法があみ出された。先の杉浦氏の文章に照らせば、原点である江戸の「あんかけ麺」に逆戻り、といったところだろうか。

 カレーうどんから遅れること4~5年。今度は東京・目黒の蕎麦屋「朝松庵」の主人が大阪でカレー南蛮を発売。1918(大正7)年には、浅草の洋食店「河金」でカツレツとカレーを一緒にのせたカツカレーが出される。カレーパンは、1927(昭和2)年、東京・深川の菓子店「名花堂」によって初めて売り出されている。昭和初期までに、現代の我々にもおなじみのカレー商品がほぼ出揃っている。

 カレーそのものの商品開発も負けてはいない。

1914(大正3)年6月20日の読売新聞朝刊に掲載された「ロンドン土産即席カレー」広告
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 国産初のカレー粉が登場したのは、1903(明治36)年のこと。大阪の薬種問屋を営んでいた今村弥兵衛が「蜂カレー」というカレー粉を完成させる。続けて1906(明治39)年には、東京・神田の「一貫堂」からインスタントカレーの元祖と言われる「カレーライスのたね」が発売される。実物が残っていないため詳細は不明だが、熱湯をかければカレーになるという、肉やカレー粉が固形化されたものだったらしい。

 大正になると、東京・日本橋の「岡本商店」が「ロンドン土産即席カレー」を大々的に発売。これはお湯に溶かせばカレーになるという粉末状のものだった。こうした開発の試行錯誤はやがて、戦後の「固形ルウの誕生」へと結実していく。

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