会社は誰のものか?──これは日本の企業社会にとっては重要なテーマとなってきた。
今なら、「株主のものに決まってるだろう」とか「そういうことを聞くこと自体が企業の仕組みを理解していない証拠だ」なんて指摘も少なからずあるのかもしれない。
しかし、「会社は誰のものか?」という問いへの答えはいまだに確立していない、と私は考えている。
かつて自民党がわざわざ「株主主権」を原則に掲げた理由
1997年9月8日、当時の政権政党だった自由民主党(自民党)の「商法に関する小委員会」というところが、「コーポレート・ガバナンスに関する商法等改正試案骨子」という報告書を発表している。ちなみに、この小委員会はバブル崩壊後の日本経済を再活性化するために設けられたものである。
その報告書は、「原則1」として「株主主権」を掲げている。そこには、「株式会社は株主のものであって、株式会社の主権は株主とする」と書かれてある。さらに、その補足として「株式会社は、株主の利益を最大にするように統治されなければならない」と続く。
わざわざこんなものを引っ張り出してきたのは、「会社は株主のものである」という最近になって振りかざされる「常識」が、けっして「日本的な常識」ではなかったと言いたいからである。
自民党の小委員会がわざわざ「原則」として断らなければならないほど、日本の企業社会にあっては「新しい常識」でしかない。報告書が出された97年には、「新しい常識」と呼ぶほどにもなっていなかったのだ。
「株式会社は株主のもの」と教科書的な知識として理解している人は多かっただろうが、それを実感としてとらえている人は少なかった。皆無だった、と言ってもいいくらいだろう。