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(文:澤康臣)

 自分の名前をインターネットで検索すると、過去の不名誉なニュース記事がいつも上位に表示される。ネットが普及していなかったほんの25年前なら、いつしか忘れられたのに――。

 いわゆる「忘れられる権利」とは、ネットで名前を検索したとき、古い不名誉情報を検索結果に出させない権利である。世界の注目を集めたのは、2014年5月、欧州司法裁判所の判断だった。

始まりは「ゴンザレスの申し立て」

 スペインの新聞『ラ・ヴァンガルディア』のネット版に残されている1998年の競売公告は、社会保険関係の官庁がマリオ・コステハ・ゴンザレスと当時の妻の共有不動産の競売について知らせていた。ゴンザレスは、自分の名を「グーグル」で検索すると、いつまでもこの競売の記事が出てくることにたまりかねていた。競売の原因となった債務問題はとっくに解決しているのだ。

 ゴンザレスの申し立てを受けたスペインのデータ保護庁はグーグルに対し、ゴンザレスの名前で検索してもこの記事が出ないよう、措置を命じた。これを不服としたグーグルが、最終的には欧州司法裁判所まで持ち込み争ったのだが、欧州司法裁はスペイン当局による措置命令を支持した。スペインの1人の男がネット界の巨人を倒すという、とんでもない事態が起こったのである。検索結果を表示させない効力は欧州内に限るとはいえ、「忘れられる権利」は世界的な話題となり、グーグルには検索結果除外の要請が各国で相次いだ。

 日本で「忘れられる権利」の事例が発生したのは、2014年10月、東京地裁がグーグルに検索結果の削除を命じた仮処分決定が、初とみられている。ある男性の名前で検索すると、犯罪に関係あるかのような結果が出続けていることが問題になった。このとき東京地裁決定は「忘れられる権利」という言葉を直接使わなかったが、2015年2月、別の男性の過去のわいせつ犯罪歴を検索結果から外すよう命じたさいたま地裁決定は、「忘れられる権利がある」と明示した。各地の裁判所で検索結果の削除を求める裁判が続き、しかし一方では、検索結果からの除外を認めない判断も出されている。

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